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竹林から飛び出した妖の狙いは陰陽師に違いなかったが、鬼が腕を出したことでその肉に噛みつかざるを得なかった。
ギェェェ――ッ。
静謐な嵐山の小径に妖の断末魔が響いた。
鬼の血の味と引き換えに、妖は今、痙攣しながら地べたをのたうち回り、砂埃を巻き上げている。
霊力の強い人間には多くの妖が集まってくる。その血肉は特別味がよく、おまけに自身の力も増すというのが妖たちの通説らしい。
陰陽師たるもの、妖に狙われたところで軽やかに身をかわすことも、術をもって跳ね返すこともできる。
しかし鬼がそれを許さなかった。近寄ってくる妖や面倒事のすべてを、自ら身を挺し解決しようとする。
「噛まれて怪我をするくらいなら俺に任せておけ。腕に自信のない陰陽師が夜中の竹林を通り抜けようとすると思うか?」
「弱いと思っているからではない。好きな男一人守れなくてどうする」
「血を流しながら言われてもなぁ……」
「けど守れた」
痙攣していた妖は鬼の足元で静かに事切れていた。
「むーん……」
「それに、これくらいすぐ塞がる」
たしかに妖に噛まれた傷口は少しずつ塞がっているが、それでも怪我であることに違いはない。痛みもあるはずだ。現に今も鬼の腕から血が滴っている。
「お前は心配になる。自己犠牲だけが人を守る手段ではないぞ」
呆れながら説教するが、鬼には響かないようだった。月明かりを遮るように隣から影が伸びてくる。
唇がぶつかり、「こうすればもっと傷の治りが早い」とはにかまれる。
「照れられるとこちらまで気恥ずかしい」
「その辺りはまだ目を瞑ってくれ」
「……なあ。俺が鬼になったとき、お前がいないのは嫌だからな?」
主に代わって戦うのも式神の仕事だ。しかし、陰陽師からは隠しきれない胸騒ぎが伝わってきた。
「あんたを一人にするわけがない。一人がどれだけ辛いか、里を焼かれた日から身に染みてわかっている」
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