京都へ

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 目的の宝物殿は、京都駅からタクシーで四十分ほどの場所――酒呑童子の首を奉る首塚大明神から数百メートルのところにある。  宝物殿周辺の足場は大木の根が地面から張り出していて歩きづらく、いかにも管理が追いついていない様子だった。入り口まで続く高さ二メートルほどの石段、蔵を思わせる外壁と格子のガラス扉、扉にかけられた榊。来るのは二度目だが、変わらずこぢんまりした趣の宝物殿だ。  この宝物殿は入場料を取らない。蓮介と大江は受付の中年女性に軽く会釈し中へ入った。  展示物は少なく、一通り見ても五分とかからない。  その少ない展示物の中で、一カ所だけ写真が置かれている場所があった。写真に写っている木箱は蓮介が預かっているカラクリ箱と酷似していた。大江から聞いていた通り、寄贈元は幸徳井家――。 「失礼。どうしてこの展示だけ写真を?」  受付の女性に訊ねると、女性はわけ知り顔で「それですか……」と話を聞かせてくれた。女性は宝物殿を管理する地域住民の一人らしい。 「ついこの間、盗まれたんですよ。それで、戻ってくるまで写真を置いてるんです。綺麗なカラクリ箱だったし、納めにきた陰陽師の方たちもひときわ珍しがっておられたもので申し訳なくて……。何もないよりは、せめてってことで」  陰陽師の末裔である幸徳井家最後の一人が死に、家や蔵の解体にあたり、各地から陰陽師が手伝いに来たらしい。発掘された貴重品はすべてこの宝物殿に移されたが、その中のひとつが盗まれたと。  女性が当番だった日に盗難事件が起きたらしく、管理人の中でも肩身が狭いのだと言う。  蓮介は思わず鞄の持ち手を強く握った。まだ断定できないが、サトウに渡されたカラクリ箱が盗品である可能性はいっそう濃くなった。 「実は、私の手元に似たような箱が二つあるんです。一つは親族が持っていたもの、もう一つはある人から最近預かったものです」  蓮介は持参したカラクリ箱二つを女性の前に出した。  女性が目を剥く。 「これ……っ、ここにあったものです!」 「いえ、まだそうは言い切れませんが、私たちはこの箱が宝物殿から盗まれたものではないか、確かめに来たんです」 「えっ、じゃあ返してもらえるんですか?」 「依頼人と連絡が取れておらず、今すぐはできません」 「依頼人……」 「盗品と判明したら、すぐにご連絡したいとは思っています」  蓮介は名刺を差し出したが、あとに続く女性の反応は意外なものだった。 「東京の大学の……。そしたら、あの、もしかしてご存知ないですか? 犯人の男は先月亡くなってるって」 「亡くなっている?」 「私たちも気持ち悪いんです……。ただ、監視カメラに映っていた犯人の男は、宝物殿に盗みに入る一週間前に交通事故で亡くなってるんです。市内の窃盗グループの一員だってことで、こっちではちょっとしたニュースになってたんですけど」  戸惑っていると、女性が新聞の切り抜きを持ってきてくれた。  記事は約三週間前のもので、そこには確かに依頼人・サトウの顔写真が掲載されていた。  しかし、それでは話がおかしい――。  依頼人が蓮介の研究室に訪れたときには、すでに彼は死んでいたことになる。他人の空似というにはあまりに似すぎている。 「どういうことだ……?」  蓮介は大江と顔を見合わせた。これはいよいよ警察に行かなければならない。 「あの、他に何かご存知ありませんか?」 「他……?」 「どんなことでも構いません。この箱の背景やまつわる逸話があれば。恥ずかしながら史料を探しきれず、平安後期に作られたことと、鬼を呼び寄せるという曰くしか知らないもので」 「何か……。私も嘘か本当かわからないことしか……」 「それで構いません。考証は私の専門分野です」  蓮介が食い下がると、女性は「なら……」と気乗りしない表情で話し始めた。 「この箱は『鬼を呼び寄せる箱』として幸徳井家では代々恐れられていたそうです。箱には強力な陰陽師の魂が封印されているという話ですが、その陰陽師は鬼と恋仲で、身内に処罰され殺されたそうです。それで、死後祟りが起きないよう御魂を分けて封印したと。当初三つあった箱はそれぞれ分散して厳重に保管され、一つは鬼に奪われてしまったと聞きますが、残り二つは――」 「これかもしれないということですね」 「ええ。恋人の死を悲しんだ鬼は、自分たちが暮らしていた家に鬼火を放って山火事を起こしたそうです。箱を持っていると、鬼が陰陽師の魂を求めてやって来る。だから、『鬼を呼び寄せる箱』なんだと聞きました」 「なるほど……。ちなみに、その話はどこで?」 「すべて人伝いに聞いたものです」 「口伝か……」 「なんでも歴史から消された陰陽師らしいですよ。名前を出さないよう、祟られることのないよう徹底していたと。鬼を呼び寄せないようにって」 「山が焼けた記録くらいは残っていないでしょうか?」 「ええと、私ではわからないので、ちょっと聞いてみましょうかね」 「ああ、助かります」  女性のおかげで、明日の昼、該当する史料を見せてもらえることになった。管理しているのは大学の教授らしいが、お盆休みにも関わらず大学まで出て来てくれるらしい。  肝心のことははっきりしないまま。とりわけ依頼に関しては新たな疑問が浮上したが、鬼にまつわる歴史には近づける。そう期待を持てた。
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