大江の昔の恋人

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 風呂からあがると強い吐き気に見舞われた。お好み焼き屋を出てから時間は経っているが、今になって悪酔いしたのか。しかし、いっそ吐いてしまおうと試みても、胃がまるで空っぽのように何も出てこない。  クイーンサイズのベッドの隅で横になると、寝たと思っていた大江に声をかけられた。 「もっとこっちに来い」 「いや、広いしここで十分だ」 「そうじゃない」  渋っていると腹に腕がまわって、背後から抱きすくめられる。 「な……っ!」  伝わってくる大江の体温以上に体が熱くなる。吐く息が髪にかかり、じっとしていられなかった。 「落ち着け。あんたの体調が悪いのは霊障だ。こうしていればじきに治まる」 「霊障って君……」  信じられない思いで振り返ると、すぐ近くで大江と目が合った。質の悪い冗談かと思ったが、大江は平然として、とても冗談を言っている顔ではない。 「君は……、陰陽師か何かの類いか?」  ――だから、カラクリ箱にこだわるのか?  大江の顔が険しくなる。 「その辺はなんでもいい。とにかく大人しくしてろ」 「そんな非現実的なことを言われて、大人しくできるわけないだろう。君には言ったはずだが、俺は見えないものは信じてないんだ。心配してもらわなくても、フロントで胃薬をもらってくる」  大江の腕を外そうともがいたが、力が強くてびくともしない。同じ成人男性だ。もう少しどうにかなってもいい。 「君はこんな……男相手に抵抗はないのか?」 「ない。あんただってないだろう?」  体が固まった。 「え?」  今度は大江の方を振り返ることはできなかった。  心の内を見透かされているような気がした。しかし、鬼に抱かれた夢はノートに書かなかったはずだ。 「……どういう意味だ?」 「昼間、手を握っても嫌がらなかっただろ。明日も予定があるんだ。早く寝ろ」  それとこれとは違うだろう。そう思ったが、それ以上は続けなかった。  大江を意識してしまうのは蓮介の方の問題だ。  大江に忘れられない恋人がいることも、おそらく視えることも、自分には理解できないものだから戸惑った。大江と距離が開いた気がして。  ――いい友人になりたいと思っていたが、友人というより、これは恋愛感情なんだろうか……。  鬼ではなく人間を好きになったのだろうか。  考えているうちに吐き気も治まり、いつの間にか眠ってしまっていた。
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