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平安京の中は役人である陰陽師が結界を張っており、妖や異形のものを侵入させないようにできている。式神とはいえ、鬼の血を受け継ぐ半妖は都に入れない。父・晴明亡き後は兄らがそれを受け継ぎ、都の安全を守っている。
一族の中で術者として能力がもっとも優れている自覚はあったが、その力を人間のために使う気にはなれなかった。妖に惹かれる理由は、彼らが姑息なことをしないからだ。若かりし頃、平安貴族らが繰り広げる笑顔の蹴落とし合いにうんざりしたのだ。人を呪わば穴二つ――。藁人形や他人を呪い殺す呪術で双方が苦しむのを見てはうんざりしていた。酒呑童子が言い残したとされる『鬼神に横道なきものを』とは、まさにその通りだと思っている。
おかげで一族の中でも異端扱いを受け、煙たがられている。
「さすがに、鬼を愛するようになるとは予想していなかったが……」
陰陽師は独り言ち、雨の波紋の下、鯉が泳ぐ庭池を眺めた。
可愛く思ってしまったのだから仕方ない。
陰陽師は二十歳の頃の若さを保ったまま四十を超えた。いつか式神に迎えた鬼との関係に気づかれ、兄らからお咎めを食らうことはわかっていた。
「申し開きはあるか」
「覚悟はしておりましたが、私が兄者でしたらあと十年は早く呼びつけておりましたな」
笑いながら、どんな処罰が用意されているのか考える。座敷に並ぶ面々の顔を見ると、葬式という感じでもない。流刑くらいだろうか。
「お前の飼っていた鬼は小物だったようだな」
「半妖ゆえ、かと。本人が聞いたら落ち込みます」
「親のように首だけで噛みついて来る気概はなかったようだ」
「……は?」
「帝はご立腹だ。しかし、鬼の首を差し出そうにも邪気を孕んだものを都には入れられん。始末くらいは己でせよ。晴親、お前は――」
最後まで言葉を聞かず、陰陽師は家路を急いだ。
兄たちを侮っていた。術者としての力は自分より遥かに劣る。高位の陰陽師の式神に手を出すことはできないと考えていた。
「ああ……」
何人もの役人が押し寄せたのだろう。畳の上には草鞋の形をした泥汚れがいくつも残されていた。柱には刀の傷、襖には穴が開き、外れた障子は庭先に放られて雨に打たれている。
荒らされた部屋の中央に首のない男の体が横たわっていた。足袋に血がしみこみ、歩くたびにじゅくじゅくと音が鳴る。
一人分の血ではないから、何人か返り討ちにしたのだろうか。赤い汚れが庭先に続いており、弔いのため遺体は引きずって持ち帰ったのだろう。
「首、首は……、ああ……」
声にならなかった。
首は庭に転がされ、本来の美貌も霞むほど泥で汚れていた。雨に濡れ黒く見える頭髪からは角が覗いていたが、その肌や表情は人間のそれで、最愛の鬼が半分人間であったことを痛感する。
「なんと惨い……、なんと……」
首のすぐ傍に手をつくと、爪に砂が食い込んだ。
「共食いはしないと言ったが、早々に俺を食っておれば。こんな風にはならんかったのにな……」
冷えた首を抱きしめ、袖で汚れを拭った。
「大江……」
人間と違い、半妖とはいえ鬼は不老不死の生き物だ。一人の人間では想像もつかない先の先の世まで見られたはずだ。
「もしまた会ったら、今度は必ず俺を食ってくれ……」
陰陽師は抱きかかえた首と体を繋げ、懐から筆と札を取り出した。
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