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サトウからの連絡
「大江くん。まさか、ここに住んでるのか?」
「そんなわけない。今の家は東京だ。見た目は人間と変わらないからな。日雇いなんかで金も工面できる」
かつての大江山の山麓に、墓とは言い難いけれど立派な岩が置かれていた。八月の日差しに目を細めながら、鬱蒼とした草むらを分け入った先――千年前に暮らした屋敷の跡に晴親の墓はあった。大江は晴親の墓にカラクリ箱を隠していた。
「墓といっても下に亡骸はない。昔、俺が壊した箱を埋めただけだ。それもとっくに土に還ってはいるが」
岩の陰から缶箱を掘り起こし、大江はビニール袋に入ったカラクリ箱二つを蓮介に寄越した。
「依頼人に確かめるまで、君が持っていなくていいのか?」
「何度も言うが、自分で持っていると衝動的に壊しそうで怖い」
「今でも?」
「持っててくれ。あんたが開けようとしたら止める」
千年経った今も晴親を思うなら、いっそ箱を開けてしまえばいい。手元に戻ってきたカラクリ箱を見ながら、蓮介こそ開封したい衝動に駆られた。
最初は依頼が怪しくて箱を開けなかった。次は大江が嫌がるから箱を開けなかった。しかし、事情がわかった今、すべてを無視して開けてしまいたい。箱を開けたあと、たとえ蓮介がどうなるかわからなくても。
「幸か不幸かは置いておいて、俺は、陰陽師の素質がなくて苦労したことがある。確かに、高い能力があることで不幸になることもあるかもしれないが、その分自分でどうにかできるだろうし、大切な人を守ることもできる。俺は彼が羨ましいよ」
両親の事故も、祇園祭の事故も、蓮介は何もできなかった。
「彼だって、大江くんに守られてる男じゃなかっただろ? それに、君を助ける力があったことを不幸だなんて思うわけがない」
蓮介を我に返したのはスマートフォンのバイブだった。久しぶりに見る非通知での着信だったが、誰からの電話かあたりはついた。
「はい、倉橋です」
『朝早くにすみません、サトウです。先生にお預けしたカラクリ箱ですが、事情が変わりまして。すぐ返していただけないでしょうか』
「事情が変わった、というのは?」
『ええ。カラクリ箱を開けていただく必要がなくなったんです。それで今日にでも返していただけないかと思いまして』
「今日? 急すぎませんか?」
『もちろん、お代は返していただかなくて結構です。今日の十六時頃、先生の研究室に伺います』
サトウはそう言うと一方的に通話を切った。
「なんだって?」
「夕方、箱を返すことになった」
――箱を開けるとしたら夕方までに……。
今は箱の歴史的価値のことを考えられない。研究職としてあるまじきことでも、今は箱を開けてやりたいと強く思う。
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