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一つ目の箱が壊されたとき来世を許された。二つ目の箱を開けたとき、一人残してしまった鬼への愛情が溢れた。それから不完全な状態のまま、鬼を偏愛する現実主義者として生きてきた――。
三つ目の箱を開け、ようやく力の扱い方を思い出した今、このまま百鬼夜行が始まっても一人でどうにでもできる気がした。
「簡単には開封できない箱だ。これに懲りたら、もう鬼をいじめようとしないでくれ」
蓮介は再び封をしたカラクリ箱を朔久鷹に差し出した。朔久鷹が放った術を封じ込めたものだ。開封したら最後、術は大江ではなく朔久鷹に跳ね返る。
蓮介は朔久鷹の手を取り、その手にカラクリ箱を握らせた。
「呪いを返すこともできるが、お前を死なせたくはない」
「……何、今の。なんで蓮介が術なんて使えんの?」
「そこは俺もうまく説明できないんだが……、遅咲きの陰陽師ということでどうだろう?」
「はあ?」
「ほら、晴明も一人前の陰陽師になったのは四十を過ぎてからだったという」
本気で話していたわけではなかったが、起き上がった大江は朔久鷹から引き離すように蓮介を抱き寄せた。
「っ、どうした……?」
背後から抱きしめられると、この状況では守られているというより、自分のものだと宣言されているように感じる。
「やっぱり、鬼しか好きになれないの?」
「どうだろうな……。けど、あのノートもよけいに鬼を好きになっただけだったな」
「そんなつもりじゃなかったのに……」
「ああ、俺が使い方を間違っただけだ」
蓮介が苦笑すると、朔久鷹は短い息を吐いてカラクリ箱を衣装の袖に仕舞った。
「……雨酷いし、俺もう部屋に帰る。お風呂入っていく?」
「いや、外にタクシーを待たせてある」
「そ」
「朔久鷹、待ってくれ」
背中を向けた朔久鷹を引き留め、蓮介は大江から開封済みだったカラクリ箱を受け取った。
「もう一箱も渡しておく。宝物殿の女性に必ず返すと約束したんだ。お前から返しておいてくれ」
「うん……」
「ところで思うんだが」
蓮介が話し始めると、朔久鷹は首を傾げた。
「現代の陰陽師なら遠方まで式神を飛ばせる能力というのは重宝されるんじゃないのか? 法律が整備されている今、鬼を調伏するような攻撃的な力は持て余すだろう?」
叔父は朔久鷹に能力がないと言うが、力を取り戻した今、改めて考えてもそうとは思えなかった。蓮介の玄関に貼ってくれたような、的確な呪符が書けることも貴重な能力の一つだ。
蓮介がそう言うと、朔久鷹は「そうかもね」と小さく笑って部屋に戻っていった。
「あんた、大丈夫なのか?」
「ああ、体なら大丈夫そうだ。君こそ大丈夫か? かなり苦しそうだったが」
「問題ない」
不意打ちのように唇を重ねられる。
「っ」
「これで治る」
そう言う表情はどこか照れていて、蓮介はつられたように同じ顔をした。
「ところで大江くん、その角はどうやったら収まるんだ?」
「そのうち収まる」
「恰好いいが街では目立つからな。いや、待て。これだけ泥まみれではタクシーにも電車にも乗れないんじゃないか?」
自分たちで見合って笑ってしまうほど汚れている。
「やはり責任をとって朔久鷹に送らせるか」
「蓮介……っ!」
大江に名前を呼ばれたのは初めてだった。しかし、そのあとに何を言ったのか、続きを聞くことはできなかった。
急な眩暈に襲われ、蓮介はその場で気を失った。
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