目覚め ★

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目覚め ★

 目を開けるとトラバーチン模様の天井が目に入った。薄手のカーテンで仕切られたスペースと白いリネン。腕には点滴が繋がれていて、すぐに病院にいるとわかった。  心なしか体が重く、腹の上を見ると小さな子どもが乗っていた。 「え」  言葉は話せないのか、蓮介が触れようとすると四肢をバタつかせ大暴れする。 「待て待て、点滴が刺さってるんだ。暴れるな!」  仕方なく布団の上で大人しくさせれば、直後、カーテンの中に入ってきた大江に追い払われていった。 「……っ、今のは妖だ……」 「おおっ、通りで言葉の通じない子どもだと――」  感激していると、痺れを切らしたように抱きしめられた。強く抱きしめられ、いかに大江を心配させていたかが伝わってくる。背中に腕をまわせば、大江の体の緊張が少しだけ和らいだ。 「どこも痛くないか? 大丈夫か?」 「ああ」 「……ん」 「心配させてすまなかった。大江くんが運んでくれたのか?」 「けど、いろいろやったのはあんたの従兄弟だ」 「朔久鷹が? 朔久鷹にも礼を言わないとな」 「今は京都だ。宝物殿に空の箱を持っていった」 「そうか……」  正直なところ、カラクリ箱を開けたあたりから記憶が曖昧だ。朔久鷹のやったことはれっきとした犯罪だ。あまりに非現実的なことが続いたが、現実的な方法で罪は償うべきだと思う。 「ということはつまり、俺はどのくらい眠っていたんだ? 二日ほどか?」  体を離すと、大江は少し俯いて鼻を鳴らした。 「一週間だ」 「いっ……、一週間か。それはまた眠ったな……」  思わず口に手を当てた。一週間とは、幼い頃にカラクリ箱を開けたときと同じだ。しかし、社会人になった今、仕事に穴を開けた可能性がある。 「まずい。どんな予定だったか。大江くん、俺のスマホはどこに――」  蓮介は大江のつむじを見つめ、頬に手を伸ばした。  顔をあげた大江の表情が険しい。眉間にしわが寄り、唇はへの字を描いている。顔が整っている分、よけいに不機嫌そうに見えた。心なしか目元が赤い。 「起きないかと思った」  声が震えているように聞こえた。 「泣いたのか?」 「泣いてはいない」  じっと見つめていると、大江は「看護師を呼んでくる」と言って出ていってしまった。  カラクリ箱を開ける前、大江は蓮介自身のことを見てくれていた。それを今、短い時間で実感して頬が緩んだ。  退院して自宅へ帰ると、二週間前、木っ端みじんに割れたベランダのガラス戸は綺麗に付け替えられていた。自宅だというのに、どことなく落ち着かないのは、部屋が整理整頓されているからだろう。通いの家政婦もとい式神が片づけてくれたのか、大江を部屋に招き入れても恥ずかしくなかった。 「練習すれば式神は作れるものだろうか」 「何をさせたいんだ?」 「まあ、すぐに思いつくのは家事と部屋の片づけか」 「その程度なら、俺がいるんだからいいだろう」  不服そうに言われて戸惑う。この男はいつからこんなに甘くなったのだろう。 「本当はあんたのことも遠巻きに見てるつもりだったんだ。過去には結婚して子どもを作ったあんたも見た。平穏で、幸せそうだった。でも、あんたは箱を開けた影響か、鬼に興味を持つわ、妖を呼び寄せるわ……あんな低俗な妖に好きにさせて」  寝室の方を睨まれれば、自ずと二週間前の夜を思い出す。 「あんたに会うたび、今回で最後にしようと思うのにうまくいかなかった。鬼に愛されたら人間は不幸になる。そうわかってるのに、あんただけは俺がなんとかしてやりたい」  近づいてきた大江に頬をすくわれる。額が重なり、まるでお預けでも食らっているような目で見つめられた。胸が苦しくて、蓮介は両頬に触れる手を掴んだ。 「命がけで守られるより、些細な共有が嬉しいんだ。美味いものを食べて、同じ景色を見ているだけでも嬉しい。言ってる意味がわかるか?」 「ああ」 「俺は自分の日記が歴史書になるのを見届けられるくらい、君と生きるつもりなんだ。一人にしないでくれ」 「ああ、約束する」
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