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人でごった返し、携帯も新聞も読むことが出来ない状況の朝の満員電車に押しつぶされながら、「蜘蛛の糸」よろしく必死に腕を伸ばしてつり革を掴み、ただただ人の流れにあらがう中で、私は色あせた青春の記憶を思い出す。その瞬間から、私は灰色の情景の中に意識を飛ばし、このくたびれたスーツと色あせたビジネスバッグというサラリーマンの「正装」から解放される。その中の私は希望に目を輝かせ、必死に広大なグラウンドの中で白球を追っている。私はあの頃、野球選手になりたかった。
毎日毎夜グラウンドに飛び込み、まっさらなユニフォームを泥だらけにしては、毎日母親に洗濯の苦労に関する小言を言われる。しかし、高校三年間で使い込まれたあのユニフォームの、洗っても中々取れない泥の色は私が使っている茶色の本革のバッグよりも何倍も輝いていて、そして誇りを持てた。今の私に、誇りはあるのか?
そして今日も頃合いで、目覚ましが鳴った。「○○駅、○○駅」その号令と同時に福男選びのように大勢の人間が一心不乱にドアへと向かう。その流れに任せながら、私も電車を降りた。数十年前にケリは付いている気でいたが、私はこの流れに流されるたびに、「勁草」では無い凡夫である事を暗に思い知らされたような気持ちになる。
そういえば、私の高校最後の打席はツーベースヒットだったか。それも、フェンス前で大きく跳ねてスタンドに入り込んだ「エンタイトルツーベースヒット」だ。何とも私らしい。フェンス手前で失速し、そのまま落ちてゆく。あの時から運命は決まっていたのだろうか。
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