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スタンドの少年
カーテンをしっかりと閉め忘れた。完全に昼夜逆転し、日が昇る時間には寝ている自分にとってカーテンは死守すべき防衛線だ。俺はそれを怠り、隙間から差し込んで来た光で目を覚ました。こんな事は度々あるが、今日の眩しさは特に鬱陶しく、これから更なる厄災がお前に訪れるぞ、と太陽がスポットライトを当ててる様だった。そして、それは的中した。
「なあ、父さんだ。ちょっと良いか?」
いつの間にドアの前に居るのか。このドアに鍵は付いていないが、無理やり開けようとしようものなら俺が抵抗する事は両親共に分かっており、その許可を出す事も基本無いので、この部屋は最早「聖域」と化していた。
「今から話す事は別にお前を説得しようだとか、部屋から出そうとかそんな打算的なものじゃない。ただの独白だ。だから、お前も聞き流しても良いし、聞いてくれたら父さんは少し嬉しい」
独白なら自分の部屋の壁にでもやれよ。と思ったが、俺はこの珍しいイベントへの好奇心と、一体何を言うのか、という好奇心から黙っていた。
「例えば、父さんの人生や選択が間違っていたかと聞かれればな、絶対にそれは無いと今なら答えられる。母さんと出会って、お前が生まれた事も全部、全部父さんが望んだ事だ」
「勿論、お前は望んで居なかったかもしれない。父さんに対して許せない事もあると思う」
何だ、しょうもない懺悔の部屋ごっこか。
「でもな」
「父さんの夢はな、プロ野球選手になる事と家庭を築く事だ。後ろの一個は叶えたから、明日はまだ叶えていないもう一個の夢を追ってくる」
何を言ってるんだこいつは。頓珍漢な事を言っているのに、ドアの向こうからは馬鹿真面目な顔で話している様子がありありと浮かんで来て、どこか笑える間抜けさだと感じた。
「父さん、もう時間がないから行くな。今の季節はだんだん日が短くなって来てるから、今からすぐに練習しないと明日の試合に間に合わないもんな」
間に合うか。そう心の中で突っ込んだが、そこにはどこかそう言い切れない言葉の強さがあった。
こいつが、「父さん」が、30年は若返った様な無邪気さと無謀さが入り混じったような姿が脳裏に一瞬、浮かんだ。
「待てよ」
随分、久し振りに親へと話しかけた気がする。どんな感じで話してたっけ。
「ん?」
父さんは、久しぶりの返答に驚きもせず、俺の声に反応した。
「明日、どこでやるんだよ」
「河川敷公園の橋側にあるグラウンドだよ、お前も昔川遊びしにあそこら辺は良く行ったろ?」
「そうかよ」
「まあ待ってろ。あそこは外野を越えればランニングホームランが狙えるからな、エンタイトルは無いんだ。明日は「俺」の土産話をたっぷり聞かせてやる」
その決意に対して、俺は何も返さなかった。
「じゃあ、行ってくるぞ。グラウンドでは馬鹿になれ、だ」
終始何を伝えたいのかよく分からない上に、最後は聞いた事もない格言じみた事を言う父さんに困惑しつつ、俺は紡がれた言葉に沸々と自分の心が震えている事を感じてもいた。
明日、見に行ってやるかな。三振したらドアと部屋を防音仕様に変えてやろうか。
ドタドタと慌ただしい足音と共に、玄関のドアが開かれた音がした。
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