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(2)
「……」
とても美しい夜景だが、綾香の心は晴れなかった。
「今の状況って、いわゆる監禁状態だよね。扉には鍵がかかってるし、この窓からじゃ。」
窓から身を乗り出して、下を軽く見てみるが、案の定、下界はものすごく遠かった。
「無理、無理、無理、無理っ! 死ぬって!」
また小さくため息をつく。
「みんな、心配してるよね。丸三日行方不明じゃ。早く帰らなければ」
でも、どうやって?
朝方、とっさにこの部屋を飛び出して行こうとしたが、この世界に来た時に浸かっていた泉は、どこにあるんだか、まったくわからない。
「帰れなかったりして」
嫌な予感が脳裏をよぎった。
「まさかね」
はははと乾いた笑いをこぼすが、それはシャレにならない。
「……寝よう」
だって、他にする事がない。
綾香は立ち上がるとベットの中に入り込み、不貞寝する事に決めた。三日も眠ってて眠れないかと思ったが、案外すぐ眠りに落ちる事が出来た。
そうして、穏やかな眠りの腕に身を委ねてから数刻。綾香はあまりの息苦しさに、意識が浮上しようとしていた。
(く、苦しい! 息が出来ない)
息が出来ねば、死ぬ。死んでしまう!
綾香が苦しんでいると、口内で何かがうごめいた。しかも、それは綾香の舌を熱く絡めとってきたのだ。
(っ!)
寝ぼけていた綾香も、さすがに目を覚まし、そして、驚愕した。
ものすごく近くに、端正な顔があったのである。
その琥珀色の瞳は現在閉じられ、柔らかな胡桃色の髪が綾香の両腕に絡んだ。
あきらかに、現在進行形で口づけを受けている。しかも、無断で。
(ッ!?なッなッ、なんじゃ、こりゃああああああ!)
「ッ~~~~~~!」
綾香は、体重を掛けぬ様に覆いかぶさっていたレオンハルトを引き離そうと、彼の胸に手を添えて突っぱねようとした。
が、綾香が目を覚ましたのに気づいていたレオンハルトは、その腕を完全に押さえ込みにかかった。
(ひどい、ひどい、ひどい、ひどいいいいい~! この年になって、あれだけど……、ファーストキスだったのにいいいい!)
はっきり言って、二十歳を過ぎた女性にとってあるまじき事だが、色恋沙汰にまったく興味のなかった綾香のファーストキスは、異世界の、顔はおそろしくいいが、横暴な王子様によって、無理矢理に奪われてしまった。
(舌を噛み切ったろか!)
そんな恐ろしい事を考えて瞳をキランと光らせるが、その殺意を感じたのか、一旦レオンハルトは薄目を開け、ゆっくりと唇を離した。
「……ッこの!」
文句を言おうとした唇を、再び塞がれる。
そうして、長い口づけが繰り返された後、綾香の息はすっかり上がってしまっていた。
…………やばい、かなり気持ちよかった。
そんな事を考えながら息を整える弟の銀髪を、レオンハルトは優しいしぐさで梳いている。
「この世界の王子様は、寝込みを襲うのが趣味なのか?」
やっと言えた皮肉は、かなり力のないものになってしまった。
「私にそんな趣味はないが」
先程までの熱をまったく感じさせない抑揚の無い声で、そう告げたレオンハルトの小憎たらしい顔を赤い顔のまま睨みつけると綾香は怒鳴った。
「じゃあ、何だってこんな事するんだよ!」
「お前が愛しいからだ」
……はい?
レオンハルトの答えに、綾香は目を点にした。
確か、この、”リュセル王子”は目の前の横暴王子の弟だったはずでは?
「それって、弟としてって事?」
(認めたくないが)
「主と鍵は、お互い惹かれあう宿命だ」
疑問の答えは、意味の分からないものだった。
(また、意味がわからないんですけど……)
呆然としたままの綾香に構わずに、ベットの端に腰掛けた状態のレオンハルトは、綾香に体を寄せたまま言った。
「やっと目が覚めたと、ティルから報告があったのでな。様子を見に来た」
「そのついでに、眠り込んでいた人間の唇を奪ったわけですか」
はんッと、皮肉に笑った綾香に、全然悪いとも何とも思っていないレオンハルトは、咎めるような視線を向けた。
「目覚めた途端、逃げようとしたらしいな」
ギクリ
「な、何のことでしょうか」
ギクシャクしながら顔を背けて、視線を逸らそうとしたが強い力で引き戻された。
「あ……」
怒りを孕んだ琥珀色の瞳が色を変えていた。
それは、強い光を孕んだ金の色。
レオンハルトの恐ろしさを忘れる程、美しい色だった。
「どうした?」
明らかに様子のおかしい綾香に、レオンハルトはいぶかむような声で言った。
「金……」
陶然としたようなその答えを聞くと、レオンハルトは小さく頷いた。
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