138人が本棚に入れています
本棚に追加
(すべてを根絶やしに……)
ヒューマンなどという、組織の欠片も残らぬ程焼き尽くしてやる。この、ルーンメッセの街がどうなろうとも構わない。自分からリュセルを奪った者の、それは当然の報いである。
「一人残らず消滅させてやろう」
そう考えながら、瞳の色を金色に変えていたレオンハルトは、自分の心を落ち着かせる為に目を閉じた。
(嫌な予感がする)
弟の身に、何かが起きているような……。根拠は何もない。魂の片翼たる、半身の勘のようなものだ。
しかし
(早く行かねば。この腕に抱かねばならない)
そんな気がしてならなかった。
何故なら、ずっと呼ばれているのだ。絶叫にも似たそれは、この街に近づくにつれひどくなった。自分の名を呼びながら泣いている。これ以上、この声がひどくなったら、自分は耐えられないだろう。今でさえ、ギリギリのところで我慢しているのである。
すべてをなぎ払ってでも、何を犠牲にしようとも、必ず、取り戻す。
ジュリナもローウェンもいない今、暴走した自分を抑えられる人間はいない。だから、ミルフィンとハミルを連れてきたのだ。顔が特徴的過ぎて身動きの難しい自分に代わり、街や組織の事を探らせるというのが大きな理由だったが、もう一つの理由は、もしもの時にティアラを頼む事にあった。
(もし、再び悲鳴が届いたら……。もう、抑制は出来ぬ)
レオンハルトはそう考えながら、固く右手を握りしめたのだった。
一方、ナイト侯爵邸では……。
(レオン…………?)
兄の声を聞いたような気がして、リュセルは重い意識をようやく浮上させた。ぼんやりと目を開き、何度か瞬きをした後。
(……暗い)
真夜中なのか、光石にもランプに灯も灯されていないらしく、周囲は闇に閉ざされているのを感知する。
(どこ、だ?……こ……こは?)
記憶が曖昧過ぎて、現状の事が何もわからない。
「……っ」
とにかく起きようと、柔らかい感触のベッドの上に片腕をついて上体を起こした瞬間、グラリと体が傾き、重力のまま再びベッドの上に逆戻りしかけるのを両腕で支えた。
体がだるく、力が入らない。その上、熱も高いようだ。汗に濡れた夜着が気持ち悪かった。
「レオン?」
手探りで自分の横を探すが、いつも傍にいるはずの兄の気配はまったくない。
(なんだ? この違和感)
思い出そうとすると頭がひどく傷んだ。
不安になり、レオンハルトの姿を探す為、不調を訴える自分の体に鞭打って、ゆったりとした調子で寝台から降りる。
「っ」
瞬間、めまいを起こして倒れかけた体を、咄嗟に近くにあったもの(おそらく椅子だろう)に縋る事で倒れる事を回避した。
「くそっ」
思い通りに動いてくれない自分の体に軽く舌打ちをしながら、暗闇の中を壁伝いに歩いて行く。長い時間をかけて、グラつく体で部屋の出口を探したリュセルは、その部屋がアシェイラの自室でない事にようやく気づいた。
(どこなんだ? ここは)
そう思った時、扉らしき感触が手に触れる。
「!?」
とにかく外に出ようと取ってに手をかけるが、扉には外から鍵がかかっているらしく、押しても引いても開く事はない。
「な、何故?」
呆然と、そう呟いた瞬間。
カチャカチャ
わずかな音が扉の外から聞こえたかと思ったら、ガチャリとひとりでに扉は開いた。
「おや?」
誰かが外から扉を開けたらしく、目の前に人の気配を感じる。
「目が覚めたのですね。でも、いけませんよ。まだ熱が高いのですから、寝ていませんと」
柔らかな響きのその声に、聞き覚えはない。
「誰だ?」
「私の名は、クラウン・ナイト。この、ルーンメッセの街を中心とした領地をディエラ王家よりお預かりしている、ここの領主です」
パタン
扉を閉める音が聞こえ、扉を塞ぐようにしてクラウンと名乗った目の前の男が立っているのがわかる。
「と、とに……かく、灯りをつけてくれ。このままでは、暗くて何も見えない」
「え?」
リュセルの訴えに、クラウンは戸惑ったような声を上げた。
「暗い?」
そう言いながら、クラウンは、周囲を見回す。
ちょうどお昼時を迎えた時刻の室内は、サンサンと暖かい太陽の光が射し込み、とても明るかったのだ。クラウンの目には、明るい室内の様子のすべてが映し出されている。
最初のコメントを投稿しよう!