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「失礼、リュセル王子」
「!?」
リュセルの片頬に手を添えて、瞳を覗きこんだクラウンは眉をひそめた。
かつて、薄い銀の光を放っていたリュセルの瞳は、現在、灰色く……、まるで、曇天の空のような色に濁ってしまっていたのだ。
「何も、見えてはいらっしゃらないのですね?」
確認するようなクラウンの言葉に、リュセルは戸惑いながら頷く。
失明。
高い熱の所為か、例の装置の影響か……、それとも。
(マスターに体液を絞り取られたのが原因でしょうか?)
邪気の力を増幅させるであろう、女神の子供の血。その血を啜られる代わりに、目の前の剣鍵は、つい先日、自分達の主にありとあらゆる体液を捧げたのだ。そのおかげで、今だ深く眠る邪神の体の復活も、そう遠い未来の話ではなくなった。
しかし、いくら女神の息子とはいえ、邪気の王との交わりは体に影響を及ぼすだろう。
正確には、交わりと呼ぶようなものでもないのだが、あのように、密接に濃厚に、邪神との接触をもった女神の子供は、今までの歴史の中でリュセルが初めてだ。
(しかも、例の装置の所為で具合の悪い時に……でしたからねぇ。失明程度で済んだのは、逆に喜ぶべき事なのかもしれません)
クラウンがそう考えている間にも、一方のリュセルの記憶は、段々とおぼろけながらに戻ってきていた。
(…………そう……だ。……確か、変な黒ずくめの奴らに)
「王族を誘拐して、ただで済むと思っているのか?」
かすれた低い声で呟いたリュセルに向かい、クラウンは小さく首を振る。
「そのような事、今は考えずに寝台にお戻りください。わかっているかどうかわかりませんが、あなた様は失明なさったのですよ?」
「え?」
クラウンの言葉を聞いたリュセルは、衝撃に目を見開く。
「ここは暗くなどありません。あなた様の目が見えていないから、暗く感じているだけです。おそらく、高熱の影響でしょうが」
さりげなく失明の原因について嘘をつくと、クラウンはショックで固まってしまったリュセルの肩に手を置いた。
「っ!」
嫌悪感に支配されたリュセルは、咄嗟ににその手を弾く。
「俺に触るな」
体の震えを止める事も出来ずに荒い息を吐きながらそう呻くリュセルの様子を眺め、クラウンは口端を引き上げて薄く笑う。
「どうやら、すべてを忘れた訳ではないようですね。クククク、それは上々」
そう言いながら嫌がるリュセルの腕を強引に掴むと、そのままその体を引っ張り、部屋の奥に配置された寝台の上に突き飛ばす。
「ッ」
柔らかいシーツの上に倒れ込んだリュセルが起き上がるよりも早く、その両腕を寝台の上にクラウンは縫い付けた。
「あなたは、失明した上に、私達、ヒューマンに捕らわれたのですよ。あんまり暴れないでいただきたいですねぇ」
「ヒュ、ヒューマン?」
この男に触れられるだけで体が震えるのを止められず、焦点の合わない瞳を空中に向けたまま、リュセルは聞き慣れぬ名を口にする。
「ああ、聞いた事ありませんか? ジュリナ姫はご存じのようでしたが……。反女神組織ですよ。創世の女神を否定する者達の集まりです。ああ、そんなに怯えないで下さい。まるで私がいじめているようじゃないですか」
「あ……あ、さわ…………ないで」
弱々しく首を振るリュセルの髪を優しく撫でながら、クラウンはささやいた。
「大丈夫、おとなしくしていてくれるのなら何もしません。ほら、もう一度きちんと横になって寝て下さい。まだ熱はかなり高いのですよ」
されるがままに寝台の上に再び横になったリュセルの様子を見て、クラウンは満足そうに頷く。
「せっかく起きたのだから、何か食べますか? 食欲はないでしょうが、何か食べないと体力が持ちません。今、果物か何かを持ってきましょう」
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