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 そして、少しの間その状態でいた後。 (同情か? この俺が)  そんな自分の感情が苛ただしく、セフィランは紫電の瞳を一瞬固く閉じると、姿を再び小鳥の姿に戻し、飛び立った。 「行くのか!?」  気配から小鳥が出て行こうとしているのを悟ったリュセルが、慌てたような声を上げるのを聞いたセフィランは、光の灯らない相手の灰色の瞳に目を向ける。 「でも、また来てくれるんだろう?」  哀しげに揺れる焦点の合わぬ瞳を見ていると自分がどうにかなってしまいそうで、セフィランは逃げるように部屋を飛び出していったのだった。 「どうかしましたか?」  自分の心を和ませてくれた小鳥が去って行くと同時に響いた声。リュセルはビクリと体を震わせた。 「着替えと果物をすり潰したものを持ってきましたよ」 「…………」  そう言いながら近づく気配に、リュセルは体を強張らせたまま無言で答える。 「さあ、まずは着替えましょうか」  そんな声と共に、夜着の釦に手をかけられた。 「やめろっ」  身をよじって、その腕から逃れようとした瞬間。 「逆らうな」  低い声で脅すようにささやかれ、リュセルは動きを止める。そんなリュセルにクラウンはにっこりと微笑むと、上から順に夜着の釦を外していった。  夜着の上衣を脱がされると同時に、暖かい布に体を拭かれ、新しい清潔な夜着を再び着せつけられる。同じように下衣も着替えさせられるリュセルは、相手のなすがままになるしかない。 「ほら、さっぱりしたでしょう?」  クラウンの言葉通り、汗を拭いてもらい、着替えを済ませると幾分かさっぱりとした。ほっと息をつくリュセルを眺めていたクラウンは、寝台の端に腰かけると、小さなガラスの器に盛られたリンゴのすりつぶしを銀のスプーンで掬ってリュセルの口元に運ぶ。 「さあ、お食べ下さい」  匂いでリンゴだとわかるが、警戒しているリュセルはたやすく口を開く事が出来ない。 「……困りましたねぇ」  しばらくクラウンは困ったように首を傾げていたが、不意にリンゴのすりつぶしを口に含ませると、リュセルの頭を強い力で拘束し、唇を奪った。 「っ!?」  口移しで甘い果実を移されたリュセルは、それを拒む事も出来ずに飲み込む。 「駄々をこねるようなら、こうして食事をとらせますが、それでもよろしいですか?」  ペロリとリュセルの唇をひと舐めしてそうささやいたクラウンに、顔を強張らせたまま力なく首を横に振った。 「おや、残念。私はそれでもよかったのですが。では、どうぞ」  再び口元に運ばれるスプーンを、リュセルは観念して恐る恐る口を開いて受け入れる。 「食べたらお休み下さい。自覚はないでしょうが、本当に熱が高いのですから」  優しげに響くのに、その声のなんて恐ろしい事。  味などほとんどわからぬままにリンゴのすりつぶしたものをすべて食べ終えたリュセルは、促されるがままベッドに横になるしかない。そうして横になった途端、ドッと疲れが襲い、体が辛くなってきた。 「そう……、そのまま大人しくしていて下さいね」  クラウンの笑みを含んだそんな声が聞こえたと思ったら、熱っぽい自分の額に冷たい布が押しあてられ、その上に何かが置かれる。 「……?」  不思議に思ってそれに触れると、冷たいゴムの感触からそれが氷嚢だという事が分かった。 「ジュリナ姫は別室で元気にしておりますよ。それはもう、元気過ぎる程にね」  ジュリナの名にリュセルが反応を示すのを面白そうに見つめながら、クラウンは優しく脅した。 「あなたのお兄様達が来るまで、こうして大人しくしていてくれていれば、ジュリナ姫もずっと元気でいる事が出来るでしょう」  そして焦点の合わぬ瞳を見開く、青年の頬を撫でる。 「楽しみですね。お迎えが来る時が」  リュセルはその言葉を聞くと共に、固く目を閉じたのだった。 「ワトスンさん、助けて下さいよ~!」  その日、遅い昼食を使用人用の厨房でとっていたワトスンは、この数日、耳にタコが出来る程に聞き慣れてしまった仲間の情けない悲鳴に、大きなため息をついた。 「今度はなんだ。またストレス発散のサンドバックにでもされたか?」 「違います! あの方、こんな日の明るい時分から酒盛りを始めたんですよ~~」  半泣きになりながら訴える、ヒューマンの中でも下っ端で、現在ジュリナ付きの雑用係に任命されている青年に対し、ワトスンは鼻を鳴らして答える。 「勝手にやらせてろ。ついでに潰してしまえ」 「無理ですうううぅ! 既に屋敷中のありとあらゆる酒類を飲み干してしまってるんです! 調理用の酒さえ、もう残ってません。スッカラカンです~~~~」  その台詞にワトスンは度肝を抜かれ、大きく目を見開く。 「なんだと!? お、お前、嘘つくな! 確か、地下の貯蔵庫に大量にあったぞ。俺はこの目で確かに見た!」
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