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「すまない」  そう言いながらワトスンは椅子から立ち上がり、寝台の上で昏々と眠る銀の王子の熱を測る為に手を伸ばすクラウンをなんとなく見ていた。 「ああ、まだ熱が高いようですね。病気ではないので本当は飲ませたくはないのですが、このまま熱が下がらないようなら、熱冷ましの薬を飲ませないといけませんね」  憂いを秘めた表情でそう呟き、クラウンは銀の器の水の中で布を冷やすと固く絞り、汗の滲むリュセルの額の上にそれを戻す。 「リュセル王子、少し失礼しますよ」  そのままリュセルの夜着の釦を外し、彼の白い首筋を晒すクラウンにワトスンはギョッとした。 「お、おい!?」  焦るワトスンに向かい、クラウンは怪訝そうな顔をする。 「何ですか? ワトスン」 「俺が退室してからにしてくれ、頼むから!」 「…………。ただ、汗を拭いて差し上げるだけですよ。女性相手でもないのに、何遠慮してるのですか」  遠慮というよりも怯えているのであろうワトスンを無視し、クラウンはリュセルの首筋の汗を拭う。 「ん……」  わずかに声を洩らして首を振った、その動きにつられて揺れる銀糸の髪。苦しげに寄せられる銀の眉。そして、汗の浮かぶ白い肌から目が逸らせずに、ワトスンは泣きたくなった。  同じ王族でも、姫君であるジュリナ相手なら大丈夫なのに、何故、王子であるリュセル相手で、こんなにも見てはいけないものを見たような気分になるのか。 「何してるのですか? ワトスン」  耐えきれずに両目を両手で隠したワトスンを見つめ、クラウンは呆れたような声を上げた。 「まったく、見かけによらずシャイな男ですねぇ、ワトスン。ところで、マーリンはどうかしたのですか?」  首筋から胸元にかけて、ゆっくりとリュセルの汗を拭っていたクラウンがそう尋ねると、ワトスンの影に隠れていたマーリンはビクリと肩を揺らした。 「ワ……ワタシは…………」  目を泳がせながらもなんとか視線を上げたマーリンは、クラウンがリュセルの頬を愛おしそうに撫でるのを目にして、ショックのあまり固まってしまう。 「なんでも、ありまセン!」  涙ぐみながら部屋を飛び出して行く小さな後ろ姿を見送りながら、クラウンは首を傾げる。 「おやおや、反抗期ですか?」 「貴殿がその王子にかかりっきりだから、やきもち焼いてるんだろう」 「そうですか。マーリンには申し訳ないですが、こればかりは仕方ありませんねぇ」  クラウンのその言葉に、ワトスンは肩をすくめた。 「たまには構ってやってくれ。あいつが貴殿に心酔しきっている事、わかっているだろう? まぁ、今の貴殿はその王子に心酔しきっているようだが」 「否定はしませんがね。ふふふ、でも、こうして見ると、本当に女神の子供の美貌は賞賛に値するものです。素晴らしい」 「人智を超えた力はいずれ世界を破滅に導く。いっその事、そいつの息の根を止めてしまいたい位だ」  そう言いながらワトスンは、眠るリュセルを憎々しげに睨む……いや、睨もうとした。眠る姿さえ背筋が震える程美しい、冴え冴えとした月の美貌を前にワトスンの信念は脆くも崩れかける。 「言葉と表情がマッチしていませんよ、ワトスン」  顔を真赤にしてリュセルから顔を背ける部下を眺め、クラウンはクスクスと笑った。 「彼らの容姿が美しいのは、あなたのような輩から身を守る為なのかもしれませんね。人間に彼ら女神の子供達の命を奪う事は出来ないでしょう」  まるで、自分が人ではないような言い方をするクラウンにワトスンは一瞬眉をしかめるが、深くは気に留めず、ジュリナの監視に戻る事にする。 「とにかく、あまりその王子に情を移す事は感心せんぞ。それは人質だ。場合によっては殺す事にだってなり得るんだろう?」 「その通りです。でも、ご心配には及びませんよ」 「ならいいが」  そう言い残してワトスンが退室すると、クラウンは小さくため息をつく。 「なんだか、面倒臭い組織になってきてしまいましたねぇ。そろそろ潮時でしょうか……。予定通り女神の宝の破壊を済ませたら、ヒューマンごとこの街を消滅させましょう。その方が後腐れなくていいですね、セフィラン」  その呼びかけを聞いた翠緑の羽の小鳥はカーテンレールの上から飛び立ち、そのままクラウンの肩に降り立った。 「あの子はどうするんだ?」 「あの子? ああ、あの”失敗作”ですか? あれを始末するにもちょうどいいでしょう」  その言葉と共に、クラウンはセフィランの羽毛を優しく撫でる。 「マスターの子供は、やはりあなた一人だけ……。唯一の”成功例”。いずれ復活を果たすマスターの為にすべてを捧げる闇の子供。ふふふふ、その日が来るのが楽しみですね、セフィラン」 「…………」  本当に嬉しそうに微笑むクラウンの肩から、無言のままリュセルの枕元にセフィランは移動し、その熱っぽい体にそっと寄り添った。
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