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「本当にお気に入りのようですね。でも、もう窓ガラスを割って入ってくるのは止めて下さいよ。掃除が大変なんですから」
「わかってる」
セフィランの答えを聞いたクラウンは、ひっそりと告げた。
「いずれ、その剣鍵をあなたの腕が抱く事になるでしょう。……きっと、ね」
*****
ナイト侯爵邸内で、それぞれが不穏な動きをし始めているちょうどその時、ルーンメッセ滞在が二日目に差しかかったレオンハルトとティアラの焦燥は、目に見えるものになりつつあった。
何せ何も出来ないのだ。相手はディエラ国の有力貴族。下手な手を打つ事は不可能である。身分を明かし、正面から乗り込むのは、自分達を捕まえてくれと言っているようなものだ。
いや、レオンハルトの戦力のみで彼らを壊滅させる事は可能だろう。しかし、リュセルとジュリナを人質にとられては、どうする事も出来なかった。
そんな中、ある意味好機とも言える情報を、ハミルが仕入れてきたのだ。
「何故かは知らないんですが、街中の酒屋に大量の酒の注文がナイト侯爵邸から出されたようなんです」
黒猫ノンちゃんメモに書かれた文字を読み上げてから、ハミルは顔を上げる。
「なんだか、ジュリナ様が絡んでいるような気がしてなりません」
微妙な顔をするハミルと同じ事を、顔を引きつらせながらも考えていたミルフィンは咳ばらいをした。
「ともかく、これは好機ですわ。レオンハルト王子殿下」
はきはきとした声音でそう告げたミルフィンに対し、レオンハルトも小さく頷いた。
「酒の納品の日を狙い、邸内へと侵入しよう」
「「はい」」
同時に怪盗コンビが頷くのを見てとると、レオンハルトは今後の作戦を話し始める。
「陽動作戦を決行する」
「陽動作戦?」
短すぎる説明の言葉にミルフィンが首を傾げると、レオンハルトはテーブルの上に広げてあった、ミルフィンが仕入れてきた邸内の見取り図、その正面入口を指差す。
「囮となった者がここで騒ぎを起こすのだ。そちらに気をとられている間に別動隊が酒の納品の荷にまぎれて侵入し、リュセルとジュリナを見つけ出す。中に入ってしまえば、同胞たる女神の子供の居所は気配で私達にはわかるからね」
「と……、いう事は、私達二人が囮役という事ですね?」
ミルフィンの確認の言葉に無言で頷く、レオンハルトの美麗な顔を間近で見たミルフィンは、その美貌の魔力に一瞬ぼうっとなってしまう。
「……………………」
「ミルフィン様? ミルフィン様~~~~?」
頬を赤く染めて呆けている主を怪訝に思い、ハミルはその耳元で叫んだ。
「ミ、ル、フィ、ン、さ、まああああああ~~~~~~っ!」
「ぐはぁっ!」
ものすごい音量を傍で聞いたミルフィンは、ようやく現実に戻る。
「耳が痛いわよ! ボケ~~~~っ!」
ハミルは当然の如くミルフィンの怒りの鉄拳をくらい、その場に昏倒した。
「……やってくれるか?」
二人のおかしなやりとりを見つつも冷静にそう確認してくるレオンハルトに対し、ミルフィンは煌く瞳を向けて宣言する。
「お任せ下さい、殿下。この怪盗イチゴミルク改め、怪盗テディベア仮面、大暴れしてやりますわよ!暴れるのは得意ですの」
「それにこの作戦って、前に私達がリュセル王子を盗む時にアシェイラ城に侵入した時に使った作戦ですよね?」
打たれ強いハミルが殴られた頬を押さえながら復活するのを横目で見ながら、ミルフィンは目を見開く。
「そういえば……」
「少し真似をさせてもらうよ」
そう言うレオンハルトの横顔を不安そうに見上げながら、ティアラは彼が自分の半身を救う為には盗賊の使った手すら使い、手段を選ばなくなっているのを感じていた。それだけの決意を秘めた琥珀の瞳は強く、自分もジュリナを助けるまでは、すべてを投げ出す覚悟で挑む事を胸に誓ったのだった。
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