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 リュセルがこの場にいれば猛烈につっこんだであろう怪盗テディベア仮面の衣装だが、残念な事にこの場にいるのは冗談のあまり通じないレオンハルトとティアラのみだったので、誰もその衣装について触れなかった。もちろん、そんな余裕もない。  そんな風に、作戦を決行しようとした時だった。この場ではティアラしか聞く事のかなわぬ音が響き渡ったのは。  キーーーーーーーーーッン  不穏な耳鳴りがしたかと思ったら、それは再び予告もなしに……  きた 「ッーーーーーー!」  ディエラで聞いた、音の比じゃない。それは、自分のすべてを壊しつくしてしまうような破滅的な音。悲鳴を上げる事も出来ぬまま、その場に膝をついて倒れたティアラの意識は、そこで一瞬とぎれた。 「ティアラ姫様!」  急に倒れたティアラの上体を支えながら、ミルフィンは驚きに目を見開く。 「どうなさったのですか!?」  急いで脈を確かめ、微弱だが確かに波打つそれにほっと息を吐く。 「一体、どうしたというの? …………レオンハルト……、殿下?」  ティアラから目線を上げたミルフィンは、レオンハルトの呆然としたような表情に眉をひそめる。 「気配、が……消え…………た」  愕然としたようなその声と共に、薄れていたティアラの意識が弱々しくではあるが戻る。 「あ……、あああああ…………ない! お姉様の気配はあるのに、どこにもリュセル様の気配がないわ! 先程までは……、先程までは、確かにあったのに!」  絶望に緑色の瞳を濡らすティアラの言葉を聞いたハミルは、言いにくいその言葉をはっきりと口にした。 「そ、それってつまり、死んでしまったって事なんですか!?」 「な、何、縁起でもない事言ってるのよ、馬鹿ッ!」  慌ててハミルの頬を思い切り張るが、彼のその言葉を肯定するかのように愕然としたまま動かないレオンハルトとティアラの二人を見たミルフィンは呟く。 「う……嘘。ほ、本当に?」  それは虚しい響きをもって、その場に響いた。  少しの間、気まずくも重苦しい空気が支配した。ちょうどその時、慌てたような第三者の声がその場に響き渡った。 「な、なんだ、お前ら!」  タイミング悪く戻ってきた先程の使用人の男に見つかってしまったミルフィンは、小さく舌打ちをする。 「チッ見つかったか! どうします? レオンハルト殿下……殿下!?」  目を大きく見開き、前方を見つめたまま動かないレオンハルトにミルフィンは呼びかけるが、反応がない。  その間にも、騒ぎを聞きつけた武装した傭兵達が周りを囲みだす。おそらくヒューマンのメンバーであろう彼らは、そうとうな手錬れである事をその身のこなしから予測させた。 「どどどど、ど~すんのよ」  ぐったりとしたティアラの体を抱き上げながらミルフィンが冷汗を流した瞬間。瞬きするような、そんなほんの一瞬で。自分達を囲んでいた傭兵達は血を吹き出し、地面に沈んだ。 「え?」  何が起こったのかわからない。 「レ、レオンハルト王子殿下?」  いつの間に抜き放ったのか、力なく垂れた右手に握られているのは、今まで彼が持っていた黒煉の剣。 「い……いけない。いけませんわ、レオンハルト様!」  表情のまったくなくなった麗しい美貌の中、爛々と不気味に輝く金色の瞳がただ恐ろしく、ミルフィンもハミルも、気づけばレオンハルトから離れる為に後ずさりをしていた。 「な、何だ? こ、こいつは……。化け物か!?」  一瞬で仲間が倒されるのを見た他のヒューマンのメンバーは、それでも侵入者を排除する為に立ちふさがる。しかし、そんな彼らも、すぐに仲間の後を追う事になったのである。  地面に折り重なるようにして倒れ伏した者達の間を、ユラリユラリと、まるで夢遊病患者のような足取りで歩くレオンハルトは、己が半身を殺したヒューマンのメンバーがいるであろう、より人の多い場所へと移動する為、ゆっくりと進んで行く。  自分達が行くはずだった正面入口に進んでいるレオンハルトの足取りを見てとると、ミルフィンは彼から離れ、別方向に駆け出した。 「ミルフィン様!?」 「ジュリナ様を探すのよ! あれをどうにか出来るのは、ジュリナ様だけでしょう!?」  そのまま、人気のなくなった勝手口から邸内に侵入する事に成功する。 「レオンハルト王子は、どうしちゃったんですか!?」  あまりの迫力にびびってしまって、足をカタカタと震わせているハミルに向かい、ティアラはミルフィンに床に下ろしてもらいながら告げた。 「暴走しかけているのですわ。わたくし達、女神の子供は半身の存在が必須です。それ故にその存在が永遠に失われた時、喪失の哀しみを超える術を知りません」 「つ、つまり?」
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