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(10)
「お前ナンか……お前、なんカ…………」
そう呻くマーリンの頬にリュセルは手探りで触れた。
「泣いているのか?」
「っ!?」
指先が濡れる感触にリュセルが眉をひそめるのと、マーリンの顔が屈辱に歪むのは同時だった。
「嫌いダ……嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い、大嫌いダ! お前なんカ!」
「ああ、わかった。俺の事は嫌いでもいい。でも、そうやって自分を傷つけるのは、もうやめるんだ」
そう優しく言って頬の涙を拭ってくれる、その手の温かさ、心地よさ。
「ヤメロ……」
このままでは、懐柔させられてしまう。この王子の魅力の虜とさせられる。
「ソんなの嫌だ……、ユルされない!」
「おいで、可哀そうな子」
ゆっくりと、抱きしめる為に伸ばされる両腕。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!
「ワタシは癒されたいなどと、考えていナイッ」
そう叫ぶと同時に、懐からそれを出していた。クラウンより渡されてから、ずっと大事に持っていた小箱。
宝鍵の動きを止めると同時に破壊する事も出来るであろう、その装置。
「ワタシは、ワタシを拾い、救ってくださったナイトサマの為に生きルと決めたンダ、それを邪魔する奴はユルさない!」
そう叫ぶと同時にマーリンは、装置のネジを最大限に回した。
「死んデしまえッ!」
それは
身も、心も、破壊し尽くすような
破滅的な音
悲鳴を上げる事も出来なかった。
あまりにも近くで、あまりにもひどい状態で、それを聞いたのだ。
(兄さん……)
最後に脳裏に浮かんだ、微笑を浮かべる半身の幻影に手を伸ばしながら、リュセルはそのまま昏倒する。
もう……耐えられなかった。
「お……オイ」
動揺していたとはいえ、やり過ぎた。マーリンは慌ててリュセルの体に縋る。
声を上げる事もなく、一瞬体をビクリと震わせたと思ったら、その場に倒れたリュセルの瞼は力なく伏せられていて、ぐったりと床に仰向けに転がっていた。
そして、触れたと同時にそれはすぐに知れる。すぐに分かる。
「あ……あ、あ、あ、」
その事実にマーリンは目を見開き、ただ首を振るしかない。
その青年の、月の色をした銀の髪も、白磁のような白い肌も、そのままだ。
しかし……。
目の前に倒れた青年は、完全に息をしていなかった。
そうして、マーリンがリュセルの死を確認した、その時から時間は再び進み、場面はレオンハルトの暴走を目の当たりにしたティアラ、ミルフィン、ハミルが邸内への侵入に成功し、ジュリナを探すところに移行する。
リュセルの気配が断ち消えた事実にそんな背景があった事などまるで知らないティアラは、消失したリュセルの気配と、狂いかけているレオンハルトの現状に胸を痛め、一刻も早い、姉ジュリナとの合流を願っていた。
「邸内の主だった戦力は、根こそぎすべて、正面入り口の方へと駆り出されているようですわね」
廊下を走りながら、襲い来る邸内の使用人(実はヒューマンの非戦闘員メンバーだったのだが)をハミルと一緒に叩きのめすと、ミルフィンはそう言って、後ろで自分達に守られているはずのティアラを振り返る。
しかし
「えええ~~~いッ!」
そこには、後ろから襲いかかってきていたらしい使用人達を、持っていた小振りのフライパンで勢いをつけて薙ぎ払う姫君の姿があった。
「ティ、ティアラ姫様……????」
可憐でたおやか。そんなイメージが常に付きまとうティアラだったが、今の彼女は、離れ離れになっていた半身と再会する為に必死に戦う、一人の恋する乙女になっていたのだ。
「そ、そんなフライパン、一体どこから持って来たんです!?」
唖然としたようなミルフィンの疑問に対し、ハミルがわかった! というように両手を叩く。
「邸内に侵入した時に始めに立ち寄った厨房でじゃないですか!?」
料理人の姿こそなかったが、確かにたくさんの調理器具があそこにはあった。
「お姉様とわたくしの間に立ちふさがる者は許しませんわ!」
そう言ってフライパン片手に腰に手を添えるティアラの姿は、惚れ惚れする程凛々しい。ジュリナとの血のつながりを感じさせる凛々しさである。
「さ、さすが、ジュリナ姐さんの妹君」
「ディエラの女性は強いですねぇ」
納得するようなミルフィンの声とのん気なハミルの声が虚しく響く。
「さあ、行きますわよ。ミルフィン、ハミル!」
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