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涙が出そうになるのをティアラはギリギリのところで無理矢理に抑え込むと、愕然と項垂れている様子のジュリナの目の前で両手を打ちつけた。
パンッ
「!?」
小気味のいい音が響き、驚いたジュリナは、両手を打ち鳴らしたティアラの決意を秘めた双眸を見下ろす。
「ティ、ティア?」
妹はこんなに強い眼差しをした娘だっただろうか? ジュリナは、驚きに目を見開きながら考える。
常に傍で自分を庇護してくれていたジュリナと離れた、この長いようで短い日々。その時間の中で、ティアラは確実に成長し、たくましくなっていた。
「お姉様。どうか、お姉様はレオンハルト様を止めに行って下さい。リュセル様の元にはわたくしが向かいます。場所はその方が知っているのでしょう?」
「お、俺!?」
ティアラに話をふられたワトスンは、動揺のあまり自分を指さしてしまう。
「ミルフィンとハミルは、お姉様について行ってさしあげて」
「で、でも、ティアラ姫様!」
ティアラの爆弾発言に、ミルフィンもハミルも慌てる。
「そ、そいつは、敵なんでしょう!? そんな奴と二人きりでなんて、危険過ぎますよ!」
「そうですわ、姫様!」
ハミルのその叫びに同意し、ミルフィンも頷く。
「敵……。そうではありませんわ。人である以上、この方はわたくし達の味方です」
「一緒にするな! 汚れた神の分身がっ」
ティアラの言葉を聞き、我に返ったワトスンが咄嗟に怒鳴る。
「わたくし達女神の子供は、確かに創世の女神の意志と想いを受け継いだ神の子です。でも、わたくし達をこの大地に産み落としたのは女神ではなく、人間の母親なのですよ。わたくし達は、れっきとした人の子でもあるのです」
「……っ」
響き渡る、静かだがよく通る声。幾つも年下の少女が放つ気迫に圧倒され、ワトスンは鋭く息を呑む。
「何かを否定するのは簡単だわ。でも、どうかよく考えて下さい。自分自身の心で」
真摯なその言葉を聞いた瞬間、ワトスンの脳裏に暗い声が甦った。
妻が死に、まだ幼かった娘も同じ病で亡くした昔。絶望に死を願った自分の心に、闇が呼びかけてきた。
すべては、創世の女神の所為だ。
女神だというのなら、どうしてお前の愛する者の命を救ってはくれないのだ?
どうして、お前から奪うのだ?
役に立たない、そんな創世神など……、いらないだろう?
ワトスンはそれを、神の声だと思った。本当の神の声。自分を救ってくれる救い主。他のメンバーにも聞いたが、皆、この声を聞いた事があると言っていた。
自分達は、選ばれた使徒なのだ。世界を変革する為に、選ばれた戦士。
しかし、それでいいのだろうか?
あれは本当に、神の声だったのか? あんなにも、禍々しく響くものが?
「俺は……まだ、お前達を認められない。でもお姫様、あなたのその勇気ある行動に敬意を払い、あなたに害を与えぬ事を誓おう」
「ありがとう」
内心の混乱を隠して、呟くように告げたワトスンの顔を見上げ、ティアラはにっこりと微笑む。清らかなそ微笑を向けられ、ワトスンは彼女を疎んでいる自分が恥ずかしく思えてならなかった。
「ティアに何かしたら、この私が黙ってはおかないよ。私の恐ろしさはわかってるだろう?」
その直後、ジュリナに凄まれたワトスンは、顔を引きつらせながらも、それを認めたくなくてそっぽを向く。
「お前の仲間達を助けたいなら、きちんとティアをリュセルのいる場所まで届けるんだよ」
「分かった」
渋々頷くワトスンから視線を逸らすと、ジュリナはティアラを眩しそうに見た。
「たくましくなったね、ティア。お前は信じているんだろう?」
姉の優しい声を聞いたティアラはゆっくりと頷く。
「ええ、お姉様。わたくしはリュセル様とレオンハルト様を信じる事に決めました」
その言葉を聞くと同時に、ジュリナは誇らしげに笑ったのだった。
*****
彼が戻るまでの世界。
それは、ただ息をしているだけの、無意味なものだった。
ずっとずっと、願っていた。
出会える、その時が訪れるのを……。
ようやくそれが叶い、想いも通じあって、これからだというのに。
一体、私は………………何をしているのだろう。
「ひいいいいいーーーー、ば、化け物おおおおおお、ぐはっあ」
「たす……たすたすたす、助けて…………っ」
「うああああああああぁぁ」
うるさい。
なんだ、この醜い声は?
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