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 視線の先では、もう一人の盟友(とも)が、邪神と攻防を繰り返している。慣れた手つきで剣を操る彼は、国一の剣の使い手だった。祖国を失くすまでは……。  剣・知・芸。  得意分野がまるで違う、自分達。  繋がった先に在るのは、美しい彼女の存在。 「ゆくぞ、サンジェイラ」  塞がりきらぬ傷口を抱え、ゆっくりと大地を踏みしめる彼の長い金髪は、鮮血に濡れていた。 「ああ」  そして、盟友(とも)の名を呼んだ。  夜中に、ふと目が覚めた。  何故か、涙が止まらなかった。  とても悲しい夢を見た。  とても苦しい夢を見た。  遠い遠い、過去の記憶。 「ユリエ様?」  主の様子がおかしな事に気づいたのか、寝室の外から遠慮がちに声をかけられる。彼女付きの侍女兼護衛である女性、シュリだ。  ユリエはゆっくりと起き上がると、頬を流れる涙を両手で拭った。そして、寝台を降り、寝室の扉へと向かう。 「なんでもないの、シュリ。少し、嫌な夢を見ただけ」  ユリエの言葉に、シュリは心配そうな表情になる。 「また、あの夢を?」  少し前まで度々見ていた、父、ミゼールを刺した時の夢。カイルーズと婚約してからは、気づけば見なくなっていた悪夢。  でも、今回は違う。 「いいえ、安心して。違うわ」  もっともっと、昔の夢。  ずっと昔過ぎて、いつだったのか忘れてしまう程の……。  もう、思い出せない。 「では、どうかお休み下さい。明日はリュセル王子とレオンハルト王子の誕生祭です。ユリエ様も朝から予定が入っておりますでしょう?」  シュリのその言葉を聞き、ユリエは微笑む。 「ええ。でも、それならあなたも、きちんと自分に用意された部屋で休みなさい。ここはアシェイラ国よ。サンジェイラのように暗殺者は襲って来ないわ。私の護衛で一晩明かす必要はないの」 「でも、ユリエ様」 「大丈夫よ。また明日、迎えに来てちょうだい。何かあれば、鈴を鳴らして呼ぶし」  主人が使用人を呼ぶ時に使う、銀のベルを指差してそう言ったユリエに、シュリは不承不承頷く。 「御意に」  そうして、音を立てる事無く去っていくシュリを見送った後、ユリエはもう一度寝室に戻り、休もうとする。  でも、駄目だった。  何故か、とても怖い。怖くて休めそうもない。 「こ、子供じゃあるまいし」  ブルブル震える体をさすりながらそう言ったユリエは、華奢な体を覆う夜着の上に上着を羽織る。そして、泣きそうな顔をしたまま、部屋を抜け出したのだった。 「もう下がっていいよ、レイア」  カイルーズはそう言うと、読んでいた本を閉じて、自分付きの侍女を下がらせた。 「あ~、キツイ」  椅子に腰かけたまま首を回すと、ゴキゴキと、ものすごい音がした。 「そろそろ寝ないと、さすがにまずいか」  明日は、兄と弟の誕生祭当日。主役の二人が一番ハードスケジュールだが、自分達王族関係者も、かなりの予定が詰め込まれていた。  最近忙し過ぎて、折角同じ建物内にいるのに、婚約者とも全然対面出来ていない。 「早く一緒に住みたいな~」  そうすれば、部屋は一緒だし、休む寝台は一緒だし。昼間一緒にいられなくても、朝晩は一緒にいられる。 「でも、まぁ……、後、半年位か」  婚約期間終了まで、半年。でも、その後に色々な儀式がある為、結婚はまだまだ先の事だ。  本気(マジ)で、長い……。  そう思っていた時、遠慮勝ちなノックの音が聞こえた。 「ん?」  コンコン  静かな夜更けであるからこそやっと聞こえるような、僅かな音。 「誰?」  こんな真夜中に。  考えられるのは、はた迷惑な父王のみ。明日の息子達の誕生祭を前に、興奮して眠れないのだろう。 (うざい)  無視しようかと考えつつも、カイルーズはゆっくりと立ち上がった。書斎を出て応接室を突っ切ると、扉を乱暴に開ける。 「ちょっと、今何刻だと思ってるの?」  さっさと、寝ろ。この馬鹿親!  そんな思いを込めて扉を開けると、そこに予想していた父王の姿はなかった。 「…………?」  誰もおらぬ。  カイルーズが不思議に思った瞬間、開いた扉の影に隠れていたユリエが姿を現す。 「ご、ごめんなさい。こんな夜更けに」  薄い夜着に上着を羽織っただけの、華奢な体。みつあみはほどかれ、黒髪は肩先を流れている。目元を覆う、トレードマークの眼鏡のみがいつも通りだ。 「ユ、ユリエ?」  いきなり現れた婚約者を凝視し、カイルーズはついつい自分の頬を片手でつねってみてしまった。  痛い。  夢じゃなかった…………。
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