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  女神の慈悲によって生まれた大陸。  この、スノウ大陸は、気高く慈悲深い、創世の女神の封印された地、セイントクロスを囲むようにして存在する三大国によって、共同統治されていた。  その三大国のうちの一つ。セイントクロスより西南に位置する王国、アシェイラ。  賢王と名高い、ジェイド王が治める、剣守りの王国である。  剣守り。三大国には、それぞれ女神の力を受けた宝を国宝として厳重に保管し、国の象徴としていた。  女神の力を封じた宝。  すなわち、剣と、鏡と、玉である。  そのうちの一つ、剣を守る剣守りの国に、つい三日前、失われたはずの第三王子が帰還した。  ただし、この事実を知るのは、一部の者のみ。第一王子たるレオンハルトが厳重隠蔽しているのである。  一体、何から隠しているのか。  そんな中、秘密を知る者の一人、三日前に小姓見習いから正式に小姓になったばかりの少年は、アシェイラ城の中庭に咲き乱れる花々の中から白薔薇のみを選び、摘み取っていた。 「どうしたんだい、ティル坊? なんだかご機嫌だねえ」  摘み取った白薔薇を抱いて小走りに中庭を走っていると、顔見知りの庭師のおじさんが声をかけてきてくれた。 「そんな事ないですよ」  おじさんに嬉しそうに手を振り、ティルは急いで中庭を突っ切っる。そして、アシェイラ城の北西に位置する、別塔の重厚なる扉の鍵を開け、思いっきり押した。 「んぎぎぎぎ、はあはあ。毎回毎回、この扉、重過ぎだよ~。さび付いているせいもあるかもしれないけれど……」  扉を閉めるのにも苦労しながら一息つくと、長い螺旋階段を昇り出した。 「ふうふう、は~、こんなに体力を使うから、レオンハルト王子は、僕にこのお役目を与えてくださったのかな」  やっとの事で塔の最上階の部屋の扉の鍵を開ける頃には、ティルは息切れを起こしていた。 「やっとついた」  ティルは部屋の中に足を踏み入れると、まっすぐに部屋の奥の窓に駆け寄り、一気に開ける。すると、清々しい朝の空気が室内に広がった。 「今日もいい天気になりそうだなあ」  そう言うと室内を見回して、異常がないかチェックをする。 「よし、昨日となんら変化なし」  物は一級品の価値ある調度品ばかりだが、古い所為か、どことなく室内は薄暗い。  ティルは寝台の近くにある花瓶(これ一つを売り払うだけで、ティルの一生分の給金がまかなえそうだ。)に摘んで来た白薔薇を生けると、これまた古いが、豪奢な天蓋付きの大きなベットの上で、昏々と眠り続ける青年をうっとりと見つめた。  少しくせのある銀糸の髪に、白磁の肌。瞳は固く閉じられている為、その色は窺い知れない。すべてのパーツがすばらしいバランスをもって、その顔の中に存在していた。  眠るその姿にさえ気品が感じられ、ティルは、この青年、この国の第三王子のお世話が出来る事に誇りを感じていた。  彼が、ここに、レオンハルト王子によって運び込まれてから3日。その間、一度も目を覚ましていない。  しかし、ティルは気を抜くとつい、その容貌に見とれてしまうのだった。  レオンハルト王子のような、どこか女性的な印象の典雅な美貌とはまた違う、男性的な容貌なのだが男の自分をも虜にしてしまうとは。  そんな事を考えていると、青年、リュセル王子の、白に近い銀色の睫毛がわずかに震えた。 「!!」  次の瞬間、ゆっくりと王子の瞳が開かれる。 「銀……」  ずっと見たいと思っていたその瞳は、薄い銀の光を放っていた。  久しぶりに、夢も見ないような深い眠りを味わったような気がした。  綾香は目を瞬かせると、小さく息を吐いた。 (よく寝た)  いつも寝る前にかけていた、目覚ましの音も気にならなかったらしい。一度も目を覚まさなかった。 (ん……? 目覚まし?)  次の瞬間、一気に覚醒した。 「ち、遅刻ッ!!」  そう叫ぶと同時に跳ね起き、ベッドから飛び出す。 「遅刻、遅刻、遅刻! ああああ~、け、けけ化粧と、後、髪をセットしなくちゃ! はっ、ヘアアイロンを暖めとかないと。その間に歯をみがいて……」  部屋の中を慌てて右往左往する。  着ているパジャマを脱いで着替えようとした所で、動きを止めた。 「…………」  今着ているものは、いつも眠る前に着ていたチェック柄のパジャマではない。  シルクの肌触りの、夜着だ。よく映画などで王様や貴族など、偉い人たちが寝る時に着ているようなもの。  その夜着から伸びる長い手足。日の光をあびた事がないかのような、白い肌。  綾香は周りを見回して呆然とした。 「どこ? ここは」  見た事もないゴージャスな部屋だ。 (まさか……)
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