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恐る恐る部屋の隅に置かれた鏡台に近づき、息を呑んだ。
予想通り、そこには銀髪の青年の姿が……。
「ぎゃああああああああっ!」
「殿下!」
世にも恐ろしいものを見たかのような声で上げられた、仕えるべき主の悲鳴に、ティルはようやく現実に帰り、綾香に駆け寄った。
「な、なッ、なななな、なんで……、夢じゃなかったのか!」
「お気を確かにッ、リュセル殿下!」
自分の腰近くまでしか背丈の無い、そばかすの可愛い男の子が、心配そうにすがり付いてきた。
「誰?」
綾香の胡乱げな視線に、ティルは慌てて王族に対する最上級の礼をとった。
「僕、いえ、私は、ティルと申します。リュセル殿下のお世話を仰せつかっている者です」
リュセル?そう言えば、あの男も自分の事をそう呼んだ。
「……で、ここはどこの国な訳? 日本から近いの?」
綾香の問いかけに、ティルは小さく首を傾げた。
「ニホン? ここは、アシェイラ国ですよ」
「あしぇいら~? そういえば、あの、レオンハルトとかいう男も、そんな事を言っていたような……。あしぇいらの第一王子だって。」
「はい。レオンハルト殿下は、この国の第一王子であり、剣主様です」
ティルの言葉に、綾香は胡乱げな視線を送った。
「けんしゅ?(犬種の事?) まあ、いいわ。その、あしぇいらって世界地図のどの辺な訳?聞いたことない国だけど」
「女神様の眠る地、セイントクロスの南西に位置する国ですよ」
よどみないティルの受け答えに、綾香は内心唸る。
(どこだよ、そこ)
それと同時に、はっとしたように目を見開くと、開け放たれた窓へと駆け寄った。
ここはそうとう高い塔の最上階に位置するらしい。街並みが一望できる。
「何、ここ。RPGの世界みたいじゃない」
その目に映る街並みは、一見、中世ヨーロッパ風の城下街。とても広く、大きく、よくRPGゲームや映画などで見かけるような街の出入り口たる門が、米粒位の大きさで見える。
(でも、こんな街並み、見た事あるような気がする。そう、よく職場仲間と行っていた某有名テーマパーク、あの夢の海の街並みと似ている)
「私、本当に違う世界にきてしまったのか。」
綾香は呆然とそう呟き、窓から離れて部屋の中央に置かれていたテーブル前の椅子に、ヨロヨロとしながら腰を下ろした。
そんな綾香の近くに来ると、ティルはにっこりと笑って、彼からすれば、不審人物並みに記憶の怪しいご主人様にいろいろと情報をくれた。
リュセル・セイントクロス・アシェイラ。
これが、この世界での私の名前らしい。
なんて長い名前だよ。覚えられないって!
綾香の、ここでの名前を教えてくれたティルは、うっとりとした口調で、聞いてもいないのにペラペラと、”リュセル殿下”がどんなに尊い立場の方なのか、語って聞かせてくれた。
いささか興奮気味のティルの説明をまとめると、”リュセル殿下”は
この国の第三王子である。(第二がどこかにいるのだろうか?)
剣鍵である。(何それ?説明を求めたが、彼にもよくわからないらしい)
産まれた時から失踪中だったらしい。(おいおい)
他国に麗しい婚約者がいる。(この前のIカップか?)
そして、兄王子、レオンハルトの半身である。
「ねえ、さっきの話の、半身って何?」
話の後、三日も何も食べておらず空腹だった綾香の為に、消化のよい食事を持ってきてくれたティルが準備をしている最中、綾香はそわそわしながら尋ねた。
レストランとかでもないのに、人に食事の準備をしてもらうのは、なんか変な感じだ。
「え?」
目を瞬かせてそう尋ね返してきたティルからスプーンを受け取ると、綾香はお礼を言った。
「ありがとう」
それに、またティルは、驚いたような表情を一瞬見せると、頬を赤く染めた。
「?」
(変な反応。はッ! まさか、この顔の影響じゃないでしょうね。顔が良すぎるのも良し悪しだよ)
元の自分と比べ、贅沢過ぎる悩みに直面した綾香は、とりあえずティルの反応を待った。
「えっと……、半身でしたね。半身とは、剣主様と剣鍵様のご関係を示すものだそうです。聞いた話によりますと、それは親兄弟の血の繋がりよりも深く、濃いそうです」
「だから、半身ね。それで? 剣主とか剣鍵とかって一体、何?」
スープを飲みながら、ティルの話を聞いていた綾香は、うんざりしたようにそう言った。
「申し訳ありません。僕には、とても尊いもの。という事しかわかりません」
なんだか、わかったようなわからないようなティルの説明の後、とりあえず綾香は食事を終えて立ち上がった。
「じゃ、ごちそうさま」
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