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そう言って、すたすたと出入り口たる扉へと向かい始めた綾香に、ティルは慌てたように言った。
「どこに行かれるおつもりですか!?」
「どこって、もちろん帰るんだよ。あの泉に飛び込めばきっと帰れるんだろうし。今日、お店で売り場変更があるんだよね。出勤しなきゃまずいだろう?」
普通にそう返した綾香に、ティルは叫んだ。
「ダメです! ここから出してはいけないと、レオンハルト殿下から仰せつかっているんです! それに、目覚められたばかりですのに!」
そう叫んで扉の前に立ちふさがるティルの体を、ひょいっと抱き上げてどけると、綾香は扉から一気に飛び出した。
「大丈夫、大丈夫。じゃ、食事おいしかった。ごちそうさま」
そう言って、階段を一気に駆け下りた。
「リュ、リュセル殿下あああ!」
ティルの叫び声が後ろで響く。
(何これ、すごく長い階段だな)
まあ、あの窓の眺めから察するに、すごく高い塔なのだろうが。
しかし、そんな長い階段を駆け下りても綾香は息切れ一つしなかった。
「やっぱり、男の人の体力は違うな」
塔の出入り口たる大きな扉を開けるのに少し苦労したがそれだけだ。
(それに気になってたんだけど、この体って、元の私の年齢より若くない?)
扉の外に出た時綾香は、ぼんやりとそんな事を考えていた。
(だって、私と同い年位の、あの、レオンハルトって王子が兄なわけでしょう? 認めたくないけどね! 真ん中に誰かいるっぽいし。いくつなんだろう。)
「お前、そんな所で何している?」
そんな風に考え込んでいると、鋭い女の声が響いて、綾香は動きを止めた。
塔から数メートル離れたところで見つかってしまった。
「ねえ、なんで夜着姿な訳?」
今度は男の声だ。
綾香の右手の方向からゆっくりと歩いてくるのが分かった。
さて、どう切り抜けるべきか。ふ、こうなったら奥の手だ。今の自分の、最大の武器を使うしかない。
綾香は、なるべく効果的に、幸い朝日できっと自分の銀髪はきらきらと輝いているだろう。ゆっくりと声のした方向に振り向いた。
「……」
「…………」
そこにいたのは、二人ではなかった。
軍服を着た騎士が三人。
一人は、真面目そうな髪を一つで束ねたエリート風の女。
一人は、軽薄そうな優男。
一人は、横にも縦にも大きい筋骨隆々の壮年の男。
呆気にとられたかのように、ぽかんとした表情で自分を見る騎士達に向かって妖しく微笑むと、彼らは頬を赤く染めた。
(チャンス!)
そんな形で目をキランと光らせ、呆然としている騎士達を置いて走り去ろうとした時、少年の叫びが響いた。
「誰か~~~~~! その方を止めて下さ~~~~い!」
「げっ! ティル!」
頼むから見逃してくれっ!
そう願わずにはいられない。
必死な小姓の少年の言葉に、まっさきに我に返ったのは優男の騎士だった。素早い動きで綾香の腕を捕らえると、背後から羽交い絞めにした。
「ひゅ~、ずいぶんお綺麗な子だな。うちの殿下と張るんじゃないか?」
軽く口笛を吹いたその騎士に、女騎士はまだ少し頬を赤く染めたまま言った。
「どういった素性の者だ? あの塔から出てきたようだが」
そう言って綾香の顔を見ようとし、とっさに顔をそむけた。
「だめだ。直視できん」
「殿下で慣れたと思ったんだけどねえ」
女騎士の言葉を肯定するように背後の騎士が頷いた時、ティルが息をきらして追いついた。
「あああああ~~~、その方に乱暴しないで下さい! アイリーン様、ユージン様、アントニオ様!」
「ティルじゃないか。この人の知り合いなのか?」
アイリーンと呼ばれた女騎士の問いに、この騎士達と顔なじみらしいティルは困ったように言った。
「ええ、まあ」
「あの、現在使われていないはずの開かずの塔から出てきたみたいだけど」
ユージンと呼ばれた綾香の背後の騎士も、怪訝そうにそう尋ねた。
「えっと……」
しどろもどろになったティルに意識が集中した為、次の瞬間、ユージンの拘束の力が緩み、綾香は渾身の力で腕を振り切った。
「おっと」
しかし、すぐまた捕まる。今度は先程よりも強い力で。
「油断も隙もないな」
(く、苦しい)
ロープロープ! と心の中で叫んでいると、ティルが慌てたように叫んだ。
「リュセル殿下!」
次の瞬間、変な沈黙が落ちた。
「リュセル、殿下?」
「って、あの、失われた王子殿下の事か?」
二人の騎士の言葉に、しまったという表情になったティルを見た、今まで成り行きを見守っていた壮年の騎士・アントニオは、小さくため息をつき、おもむろにユージンの腕から綾香を解放した。
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