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 それを不思議に思って見上げる綾香の体を、こともあろうにアントニオは荷物でも運ぶみたいに肩に担ぎ上げたのだ。 (ぎゃああああ!)  顔には出さずに心の中で悲鳴を上げた綾香を担いだまま、アントニオは塔に向かって歩き出した。 「ア、アントニオ様」  不安そうなティルの声を聞いたアントニオは穏やかに答える。 「この方を、あの塔に戻せばいいんだろう?」  それにティルは、ほっとしたように微笑んだ。 「いや、良くない!」  即座に否定した綾香に対し、ティルは強い口調で言った。 「いえ、戻っていただきます。これは、レオンハルト殿下のご命令です」 (だから何だよ)  綾香はけっと心の中で毒づくが、三人の騎士には効果的面だったようだ。 「殿下のご命令なのか」  それきり綾香について何も聞いてはこなかった。  騎士、アントニオに担がれて塔の最上階の元の部屋に戻されると、外から鍵をかけられてしまった。  その後、昼食、夕食とティルが持ってきてくれたが、警戒してアントニオを連れてだった。 「本当は略装のお着替えを持って来ようかと思っていたのですが、動きやすい格好になって、また出て行かれては困りますので、夜着の替えをお持ちしました」  夕食の後、そう言ったティルが、今着ているものと似たような夜着を出してきたので、自分は不機嫌なまま、むっつりと頷いた。 「では、私は扉のすぐ外で待っています」  王族の着替えという事もあって、礼儀正しく退出していったアントニオを見送ると、ティルは綾香の着ている夜着を脱がせにかかった。 「じ、自分で出来るから!」  焦ってそう言うが、軽く却下された。 (なんか、この子、小姓のくせに、態度がLだな……)  あきらめの交じったため息をつきながらそう考えていると、夜着が脱がされ、裸の胸が目に入った。 (見事にまっ平らだ)  今日、初めてトイレに入った時は、さすがに気絶しそうになった。 (ふっ、元々胸は小さかったけどさ。それにしても、本当に男になってしまったんだな)  さすがにここまでくると、変に腹がすわってくるというか、開き直りの現象が起きてくる。 (元の世界に戻る前に、この顔で女の子にもててみるのも悪くないか。普通、できない経験だよね)  新しい夜着に着替える前に、軽く体を拭いてもらうと、かなりすっきりした。 「では、リュセル殿下。失礼致しました」  綾香に新しい夜着を着せ掛けると、元々着ていた夜着とお湯の入った桶をアントニオに持ってもらい、ティルは部屋を出て行ってしまった。  部屋に外鍵をかけるのを忘れる事なく。  綾香はため息をつき、テーブル前にあった椅子を窓の所へと移動すると、そこから外の景色を眺めた。 「うわ……」  夜の暗闇の中、街のあちこちにランプの明かりが照らされて、そこから見える夜景は、それはとても美しいものだった。
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