長谷川センセイ 15

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「…主導権争い?…」  「…ボクは、今、五井家の当主です…対外的には、五井家の顔…五井家を代表する存在です…」  「…」  「…ですが、それは、表向き…実権は、寿さんも、ご存じのように、和子叔母さまが、握ってます…」  「…」  「…だから、ボクは、お飾りというか…自分で、自分のことを、こう言うのは、変ですが、五井一族の中で、取り立てて、力はありません…とりわけ、ボクは、若い…一族の七十代、八十代の方々の前で、息子か、それ以上、若いボクが、なにか、偉そうなことを、言うことは、できない…」  伸明が苦笑する…  「…だからでしょう…ボクを当主の座から、追い落そうとしたり、追い落とすまで、しなくても、ボクの当主の力を削ごうとする、輩(やから)が、一族の中にいる…」  「…」  「…和子叔母さまは、それを、危惧なさっている…」  「…和子さんが…」  「…その結果、和子叔母さまが、先走って、藤原さんの会社、FK興産を、手に入れようとした…それが、真相です…」  伸明が、説明する…  私は、驚いた…  文字通り、驚いた…  まさか、この場で、和子の名前が出て来るとは、思わなかった…  五井の女帝の名前が出て来るとは、思わなかった…  だから、驚いた…  そして、  「…和子さんは、なぜ?…」  と、私は、呟いた…  呟かずには、いられなかった…  なぜ、ナオキの会社を買収するのか?  聞かずには、いられなかった…  すると、即座に、伸明が、  「…ボクの箔付けです…」  と、答えた…  「…伸明さんの箔付け?…」  「…ボクが、五井家の当主に就任したのは、わずか、半年前…ですが、とりたてて、ボクに目立った功績はありません…ですから、和子叔母さまは、ボクに箔をつけようとした…」  「…それが、FK興産の買収?…」  「…そういうことになります…」  伸明が、言いづらそうに、言う…  私は、それを、聞いて、途端に、ユリコの言葉を思い出した…  ナオキの元の妻である、ユリコの言葉を思い出していた…  ユリコは、五井が、ナオキの会社、FK興産の買収を、試みるのは、伸明の五井家当主への就任祝いだと、私に語った…  私は、まさか?  と、思った…  たしかに、そう言われれば、わからないでもない…  理解はできる…  が、  なにしろ、その話をしたのが、ユリコだ…  他ならぬ私の天敵のユリコだ…  あのユリコだ…  だから、どうしても、信じることが、できなかった…  たしかに、そう言われれば、その可能性はある…  否定は、できない…  が、  なにしろ、あのユリコの言う言葉だ…  信用できない…  信じることができない…  ハッキリ言って、眉唾物というか…  いや、  むしろ、私にウソの情報を教えて、私を混乱させる…  あるいは、私を罠にかける…  そんな気がした…  だから、信じなかった…  ユリコの言葉を信じなかった…  これは、誰もが、いっしょだろう…  誰もが、同じだろう…  誰もが、信用できる…  あるいは、信頼できると、思う、友人や知人の話だから、信じる…  ところが、ユリコのように、信を置けない知人が、どんなことを、言っても、信じるわけがない…  それが、たしかに、あり得る話だと思っても、眉唾物だと、思ってしまう…  なぜなら、それを、教えた人間を、そもそも信用していないから…  それに、尽きる(笑)…  自分が、信用しない人間が、なにを言おうと、全然、心に響かない…  だから、信じない…  当たり前のことだ…  だから、あのとき、ユリコは、  「…これで、貸しを返した…」  と、言った…  貸しとは、ジュン君のこと…  私をクルマで、轢き殺しとしたジュン君を私は、裁判所で、擁護した…  なにしろ、子供の頃から、私が、面倒を見てきたジュン君だ…  いかに、私をクルマで、轢き殺そうとしたとしても、見捨てることが、できない…  だから、擁護した…  法廷で、擁護した…  その結果、明らかに、ジュン君の刑が軽くなった…  だから、ユリコは、それを、恩にきた…  私を大嫌いなユリコが、それを、恩にきた…  それゆえ、ユリコは、  「…借りは、返した…」  と、言った…  ジュン君を、裁判所で、擁護した借りは、返した、と、言った…  今回のFK興産の買収の内訳を私に告げることで、私に借りを返したと、言った…  が、  私は、それを、信じなかった…  たしかに、その可能性はある…  その可能性は、否定できない…  が、  それを、鵜呑みにすることは、できない…  何度も言うように、それを、教えたのが、ユリコだから、鵜呑みにできない…  うっかり、それを信じて、私が行動した結果、とんでもないことになるかも、しれない…  ハッキリ言えば、ユリコの仕掛けた罠にはまるかも、しれない…  その可能性が、ある…  その可能性が、高い…  だから、私は、信じなかった…  ユリコの言葉を信じなかった…  そういうことだ…  私は、思った…  私は、考えた…  そして、そんなことを、考えていると、当たり前だが、ナオキのことを、思い出した…  ナオキは、拘置所から、釈放されて、どこかに、身をくらました…  そして、今、現在、連絡が取れない…  果たして、伸明は、ナオキの行方を知っているのか?  それが、気になった…  だから、伸明に、  「…伸明さん、一つ、お聞きしていいですか?…」  と、聞いた…  「…なんですか?…」  「…失礼ですが、伸明さんは、藤原ナオキの行き先を知っていますか?…」  その質問に、伸明は、  「…」  と、答えなかった…  無言だった…  なぜ、答えないのか?  わからなかった…  知っているのならば、知っている…  知らないのなら、知らないと、答えればいい…  が、  伸明は、なにも、言わない…  どうしてだか、わからなかった…  だから、もう一度、  「…伸明さんは、藤原ナオキの居所を、ご存じですか?…」  と、聞いた…  聞かずには、いられなかったからだ…  すると、伸明は、仕方なくといったように、  「…たぶん…」  と、言った…  「…たぶん?…」  「…そう、たぶん…」  と、言いにくそうに、言った…    それから、一呼吸置いて、  「…見当は、ついてます…」  と、続けた…  「…どこですか? …そこは?…」  伸明に、聞いた…  当たり前のことだ…  が、  伸明が、答える前に、またしても、  「…プッ!…」  と、吹き出す声が、聞こえた…  私は、声の主を見た…  いや、  見ずとも、わかっていた…  なぜなら、この場には、三人しか、いないからだ…  私と伸明、そして、長谷川センセイの三人しか、いないからだ…  私と伸明が、吹き出さない以上、  「…プッ!…」  と、引き出したのは、長谷川センセイに決まっているからだ…  だから、急いで、長谷川センセイを見た…  もちろん、伸明も、見た…  が、  私たち二人に、視線を向けられた長谷川センセイは、悪びれることもなく、  「…寿さん、気が強すぎ…」  と、笑った…  「…私が、気が強すぎって?…」  「…だって、諏訪野さんは、五井家当主ですよ…五井グループの総帥です…それを、寿さんは、対等どころか、自分の方がが、偉いような態度で、諏訪野さんに、接している…」  長谷川センセイが、笑いながら、言う…  それを、聞いた途端、私は、顔から、火が出る思いだった…  顔が、見る見る真っ赤になるほど、恥ずかしかった…  言われてみれば、まさに、その通り…  その通りだったからだ…  諏訪野伸明は、おとなしい…  いかにも、良家の子息…  だから、つい、こちらが、主導権を握るというか…  つい、上から、目線で、接してしまう…  そういうことだ…  これは、ナオキの場合と同じ…  二人とも、おとなしい…  だから、つい、勝気な自分が、リードしてしまうというか…  自分でも、意識しない間に、いつのまにか、相手をリードしてしまう…  いけないと思っていても、つい、自分の方が、相手をリードしてしまう…  悪い癖だ(苦笑)…  そして、自分が、そんなことを、考えていると、目の前の伸明が、苦笑しているのが、わかった…  苦笑いを浮かべているのが、わかった…  私は、どうして、いいか、わからなかった…  すぐに、伸明に詫びれば、いいのだが、それも、格好悪いというか…  みっともない…  しかしながら、なにも、言わないのも、マズい…  だから、  「…スイマセン…」  と、小さく詫びた…  小さな声で、詫びた…  「…調子に乗ってました…」  と、続けた…  「…つい、自分の立場も、わきまえず、調子に乗ってました…」  と、詫びた…  が、  伸明は、私の言葉を、まるで、気にしていない様子だった…  なにも、言わず、ただ苦笑するだけだった…  これは、困った…  かえって、困った…  伸明が、なにも、言わないことが、かえって、困った…  こちらが、どう対応していいか、わからなかったからだ…  だから、私も、  「…」  と、沈黙した…  すると、  「…」  と、誰も、しゃべらなくなった…  だから、気まずい空気が、流れた…  三人がいる、病室に、気まずい、空気が流れた…  一時も早く、この場から、逃げ出したいような気まずい空気が流れた…  が、  それを、救ったのは、伸明だった…                <続く>
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