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「…主導権争い?…」
「…ボクは、今、五井家の当主です…対外的には、五井家の顔…五井家を代表する存在です…」
「…」
「…ですが、それは、表向き…実権は、寿さんも、ご存じのように、和子叔母さまが、握ってます…」
「…」
「…だから、ボクは、お飾りというか…自分で、自分のことを、こう言うのは、変ですが、五井一族の中で、取り立てて、力はありません…とりわけ、ボクは、若い…一族の七十代、八十代の方々の前で、息子か、それ以上、若いボクが、なにか、偉そうなことを、言うことは、できない…」
伸明が苦笑する…
「…だからでしょう…ボクを当主の座から、追い落そうとしたり、追い落とすまで、しなくても、ボクの当主の力を削ごうとする、輩(やから)が、一族の中にいる…」
「…」
「…和子叔母さまは、それを、危惧なさっている…」
「…和子さんが…」
「…その結果、和子叔母さまが、先走って、藤原さんの会社、FK興産を、手に入れようとした…それが、真相です…」
伸明が、説明する…
私は、驚いた…
文字通り、驚いた…
まさか、この場で、和子の名前が出て来るとは、思わなかった…
五井の女帝の名前が出て来るとは、思わなかった…
だから、驚いた…
そして、
「…和子さんは、なぜ?…」
と、私は、呟いた…
呟かずには、いられなかった…
なぜ、ナオキの会社を買収するのか?
聞かずには、いられなかった…
すると、即座に、伸明が、
「…ボクの箔付けです…」
と、答えた…
「…伸明さんの箔付け?…」
「…ボクが、五井家の当主に就任したのは、わずか、半年前…ですが、とりたてて、ボクに目立った功績はありません…ですから、和子叔母さまは、ボクに箔をつけようとした…」
「…それが、FK興産の買収?…」
「…そういうことになります…」
伸明が、言いづらそうに、言う…
私は、それを、聞いて、途端に、ユリコの言葉を思い出した…
ナオキの元の妻である、ユリコの言葉を思い出していた…
ユリコは、五井が、ナオキの会社、FK興産の買収を、試みるのは、伸明の五井家当主への就任祝いだと、私に語った…
私は、まさか?
と、思った…
たしかに、そう言われれば、わからないでもない…
理解はできる…
が、
なにしろ、その話をしたのが、ユリコだ…
他ならぬ私の天敵のユリコだ…
あのユリコだ…
だから、どうしても、信じることが、できなかった…
たしかに、そう言われれば、その可能性はある…
否定は、できない…
が、
なにしろ、あのユリコの言う言葉だ…
信用できない…
信じることができない…
ハッキリ言って、眉唾物というか…
いや、
むしろ、私にウソの情報を教えて、私を混乱させる…
あるいは、私を罠にかける…
そんな気がした…
だから、信じなかった…
ユリコの言葉を信じなかった…
これは、誰もが、いっしょだろう…
誰もが、同じだろう…
誰もが、信用できる…
あるいは、信頼できると、思う、友人や知人の話だから、信じる…
ところが、ユリコのように、信を置けない知人が、どんなことを、言っても、信じるわけがない…
それが、たしかに、あり得る話だと思っても、眉唾物だと、思ってしまう…
なぜなら、それを、教えた人間を、そもそも信用していないから…
それに、尽きる(笑)…
自分が、信用しない人間が、なにを言おうと、全然、心に響かない…
だから、信じない…
当たり前のことだ…
だから、あのとき、ユリコは、
「…これで、貸しを返した…」
と、言った…
貸しとは、ジュン君のこと…
私をクルマで、轢き殺しとしたジュン君を私は、裁判所で、擁護した…
なにしろ、子供の頃から、私が、面倒を見てきたジュン君だ…
いかに、私をクルマで、轢き殺そうとしたとしても、見捨てることが、できない…
だから、擁護した…
法廷で、擁護した…
その結果、明らかに、ジュン君の刑が軽くなった…
だから、ユリコは、それを、恩にきた…
私を大嫌いなユリコが、それを、恩にきた…
それゆえ、ユリコは、
「…借りは、返した…」
と、言った…
ジュン君を、裁判所で、擁護した借りは、返した、と、言った…
今回のFK興産の買収の内訳を私に告げることで、私に借りを返したと、言った…
が、
私は、それを、信じなかった…
たしかに、その可能性はある…
その可能性は、否定できない…
が、
それを、鵜呑みにすることは、できない…
何度も言うように、それを、教えたのが、ユリコだから、鵜呑みにできない…
うっかり、それを信じて、私が行動した結果、とんでもないことになるかも、しれない…
ハッキリ言えば、ユリコの仕掛けた罠にはまるかも、しれない…
その可能性が、ある…
その可能性が、高い…
だから、私は、信じなかった…
ユリコの言葉を信じなかった…
そういうことだ…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、そんなことを、考えていると、当たり前だが、ナオキのことを、思い出した…
ナオキは、拘置所から、釈放されて、どこかに、身をくらました…
そして、今、現在、連絡が取れない…
果たして、伸明は、ナオキの行方を知っているのか?
それが、気になった…
だから、伸明に、
「…伸明さん、一つ、お聞きしていいですか?…」
と、聞いた…
「…なんですか?…」
「…失礼ですが、伸明さんは、藤原ナオキの行き先を知っていますか?…」
その質問に、伸明は、
「…」
と、答えなかった…
無言だった…
なぜ、答えないのか?
わからなかった…
知っているのならば、知っている…
知らないのなら、知らないと、答えればいい…
が、
伸明は、なにも、言わない…
どうしてだか、わからなかった…
だから、もう一度、
「…伸明さんは、藤原ナオキの居所を、ご存じですか?…」
と、聞いた…
聞かずには、いられなかったからだ…
すると、伸明は、仕方なくといったように、
「…たぶん…」
と、言った…
「…たぶん?…」
「…そう、たぶん…」
と、言いにくそうに、言った…
それから、一呼吸置いて、
「…見当は、ついてます…」
と、続けた…
「…どこですか? …そこは?…」
伸明に、聞いた…
当たり前のことだ…
が、
伸明が、答える前に、またしても、
「…プッ!…」
と、吹き出す声が、聞こえた…
私は、声の主を見た…
いや、
見ずとも、わかっていた…
なぜなら、この場には、三人しか、いないからだ…
私と伸明、そして、長谷川センセイの三人しか、いないからだ…
私と伸明が、吹き出さない以上、
「…プッ!…」
と、引き出したのは、長谷川センセイに決まっているからだ…
だから、急いで、長谷川センセイを見た…
もちろん、伸明も、見た…
が、
私たち二人に、視線を向けられた長谷川センセイは、悪びれることもなく、
「…寿さん、気が強すぎ…」
と、笑った…
「…私が、気が強すぎって?…」
「…だって、諏訪野さんは、五井家当主ですよ…五井グループの総帥です…それを、寿さんは、対等どころか、自分の方がが、偉いような態度で、諏訪野さんに、接している…」
長谷川センセイが、笑いながら、言う…
それを、聞いた途端、私は、顔から、火が出る思いだった…
顔が、見る見る真っ赤になるほど、恥ずかしかった…
言われてみれば、まさに、その通り…
その通りだったからだ…
諏訪野伸明は、おとなしい…
いかにも、良家の子息…
だから、つい、こちらが、主導権を握るというか…
つい、上から、目線で、接してしまう…
そういうことだ…
これは、ナオキの場合と同じ…
二人とも、おとなしい…
だから、つい、勝気な自分が、リードしてしまうというか…
自分でも、意識しない間に、いつのまにか、相手をリードしてしまう…
いけないと思っていても、つい、自分の方が、相手をリードしてしまう…
悪い癖だ(苦笑)…
そして、自分が、そんなことを、考えていると、目の前の伸明が、苦笑しているのが、わかった…
苦笑いを浮かべているのが、わかった…
私は、どうして、いいか、わからなかった…
すぐに、伸明に詫びれば、いいのだが、それも、格好悪いというか…
みっともない…
しかしながら、なにも、言わないのも、マズい…
だから、
「…スイマセン…」
と、小さく詫びた…
小さな声で、詫びた…
「…調子に乗ってました…」
と、続けた…
「…つい、自分の立場も、わきまえず、調子に乗ってました…」
と、詫びた…
が、
伸明は、私の言葉を、まるで、気にしていない様子だった…
なにも、言わず、ただ苦笑するだけだった…
これは、困った…
かえって、困った…
伸明が、なにも、言わないことが、かえって、困った…
こちらが、どう対応していいか、わからなかったからだ…
だから、私も、
「…」
と、沈黙した…
すると、
「…」
と、誰も、しゃべらなくなった…
だから、気まずい空気が、流れた…
三人がいる、病室に、気まずい、空気が流れた…
一時も早く、この場から、逃げ出したいような気まずい空気が流れた…
が、
それを、救ったのは、伸明だった…
<続く>
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