栄光 恋愛小説 文学

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 永遠の若さでいるためには、恋人を犠牲にしなければならない。ソラ、君は何かを犠牲にしながら生きている。両親を失った君は、ぼくの手のひらの中に納まるように、ぼくに両親を投影している。それが君の若さという悲しみなのだ。  ヤニで黄ばんだ歯がちらちら見える。ぼくはチェスクラブで部員とチェスをしていた。大学というのは、もはや卒業証書を取りに行くところ。暇だからチェスに興じる。  ぼくはチェスを指しながら、ぼんやりソラを思っている。これが恋慕だとは分かる。対局が終わって、喫煙所でアイコスを吸う。それから、コカ・コーラを開ける。  些細な日常生活に叡智が宿れば、ぼくはもう生活に満足するだろう。それでも、生活に満足できないのは、自分がある種の焦燥感に駆られているからだ。そうだろう? これから就職活動。つまらない日々だよ。  本を読みながら、たばこをのむ。そして、ぼんやり文芸っていうのは、人間が暇だったから出来上がった産物なのだ、と自覚する。人間はあまりにも忙しく生きている。別段、これといって、高尚なものが世の中にごろごろ転がっているわけじゃない。そんなところだ。生きていて、「素晴らしい人生だ」なんてライフを謳歌している人間はごくわずかだ。ほとんどの人はある意味の苦悩という病巣に負けているのだ。  陶酔している暇があれば労働だ。そういうドライバーが自分の中に刷り込まれていた。  ただチェスをしながら思うのは、自分は貴族趣味にもまれているということ。広い家の中で、ヴァイオリンを弾く。そんな時間も好きだった。ウィーンでオーケストラを見た時、ぼくは思わず、涙を流した。  ライフにおける負け犬根性が、自分は嫌いだった。ここまで自分のことをナルシシズム的に語っているけれど、本当は恥ずかしがりやなんだ、ぼくは。  時折思うんだ、こんな憂いが、何か人生を導かないだろうか、ということを。ソラ、君は立派に生きている。それでも、ぼくらはある崩壊を演じているんだ。  スピーカーからヨーゼフハシッドの曲が流れる。彼は統合失調症だ。ぼくもきっと精神的な病に侵されている。それでも、自分でいられるのは、他人の愛情を感じているからだ。孤独だったらとっくのとうに、死んでいた。現実はあまりにも、ぼくにとって、辛いものだから。
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