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2 告白
私の一日は、兄の部屋のカーテンをあけるところから始まる。
夜が明ける前に雨はあがっていて、兄がここで暮らしていた頃と寸分変わらぬ部屋に明るい日光が差し込んでいる光景に、ほっとさせられる。
掃除は週に一回しているけど、カーテンをあけにきたついでに、埃が気になった箇所は軽く拭いておいた。
顔を洗い、自分のベッドを整えてから階下に降りる。
誰もいない家はシンと静まりかえっていた。
私は静かな空間が好きだ。
だから、一年半前、海外の支店への赴任が決まった銀行員である父とともに母がこの家からいなくなっても、寂しいと思ったことはない。
一緒に行かないか、と聞かれたのは一度だけ。
行かないわ、人が住まなくなった家は老朽化が進むっていうし、この家は私がいなくなると困るもの――そう答えた私に、母は諦め顔でため息をついただけだった。
どうやら志岐に私の面倒をみてくれるよう頼んだみたいだから、母はそれで安心と思っているみたいだ。
もっとも、母に頼まれなくたって志岐は私の面倒を見てくれただろうから、実に馬鹿馬鹿しいことだった。
「おはよう、兄さん」
砂糖とミルクをたっぷりと入れたコーヒーを、私は向かい側の席に置く。
兄には毎朝、コーヒーを淹れることにしている。気が向けば、おいしいお菓子も一緒に添えて。
この家には仏壇もあるけど、なんとなく、いつもの兄が座っていた席に置く方がいい気がして、そうしていた。
私には、死んだ人間が見えるわけじゃない。
今も生きているように錯覚しているわけじゃない。
だけど、『今もそこにいてくれるかもしれない』と思うことは、私にとっては何よりも安心材料なのだった。
だからこの先も、やめることはない。
兄は今も昔も、私にとっては欠かせない存在なのだ。
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