3 あの日

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 葬儀のあと、『あんたが兄さんを置いていったせいで兄さんは死んだ!』と罵った私に、志岐はただ黙って頭を下げた。  それから、罪滅ぼしのように、私に尽くすようになった。七年間ずっと。  本当は、誰よりも悪いのは私だってわかっていたけど、私はそれを拒まなかった。  あの日、私が腹痛を起こしてなんかいなかったら、あのバスに乗ることはなかった。  腹痛ぐらい我慢していればよかった。  あるいは、一人で病院まで行けばよかった。 窓際に座ったのが兄さんだったらよかった。 たとえ兄さんの脚を切ってでも、無理やり助けていればよかった。  考えれば考えるほど、後悔はとめどなくあふれてくる。  両親は私よりも兄さんを可愛がっていたはずだけど、私を責めたりはしなかった。 『おまえだけは生き残ってくれてよかった』と優しく抱きしめてくれた。  そんな言葉が欲しいわけじゃなかった。  誰か……誰でもいいから『おまえのせいで玲司は死んだ』と私を激しく罵って、断罪してほしかった。  優しさは甘い毒となって私をじわじわと蝕み、心を麻痺させていった。  うまく笑えなくなったのはその頃から。  兄に甘えてばかりいた元気な少女はもういない。  能面のように同じ表情を張りつかせて、ロボットみたいに淡々と話すようになった私に、多くの友人たちは離れていったけど、朋美だけは残った。  それからまもなくして父の仕事が忙しくなり、母も出かけることが増え、私が高校に上がる頃には二人して海外に行ってしまったけど、身の回りの世話は、志岐がやってくれている。  たくさんのものを失ったけど、私はひとりぼっちになったわけじゃない。  私はまだ恵まれている方だ。  だから、悲劇のヒロインを演じるわけにもいかない。  傲慢にもなれず、悲愴的にもなれず、ただ淡々と、兄のいない世界を生きていくしかなかった。
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