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火事
……パチ、パチ。
音が聞こえる。軽く跳ねるような音。それとなんだか嫌な匂いもしてきた。なんだろうかと目を開くけれど辺りが暗くて分からない。
わたし、どうしたんだっけ?
部屋で寝ていたはずなのに、頬に当たっているのは冷たいコンクリートのようだった。何かおかしいと音がする方へ首を向けると、そこだけはまるで昼だった。明るく辺りを照らすのは空へ昇る炎。炎がちらちらと舐め尽くしているのは、わたしの家だった。
「気が付いた?」
「理子。……お父さんと、お母さんは?」
理子はそれに答えず、ただいつものようにこう言った。
「もう、大丈夫だからね。恵理」
とても静かな声だった。だからわたしは燃える家を見ながらも、泣くことも叫ぶこともなく、ただ理子がいることに安心を感じていた。
「エリちゃん! 一体何があったの。お父さんとお母さんは?」
慌てた様子で駆け寄ってきたのは、近所に住むおばさんだった。おじさんと一緒に庭の花の手入れをしているのをよく見かける穏やかなおばさんが、今は別人のように落ち着きがない。
変なの。
違和感にじっと見つめていると、おばさんはその視線に無言になってわたしを見返した。その目が次第に潤んでいったかと思うと、いまだ何も話さないわたしをぎゅっと抱きしめた。
「怖かったね、大丈夫よ。すぐに消防車が来るからね。お父さんもお母さんも、すぐに見つかるからね」
『大丈夫』、理子が言うのと同じ言葉だけれど、全然胸に響かなかった。ふぅん、という心地でおばさんを見ていると、やがて遠くからサイレンの音が聞こえてきてあたりはすぐに騒然とし始めた。
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