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不安の種
男の子がいなくなって数日。まるで以前と変わりのない生活に戻ってもう問題はないと思っていたけれど、今度はこそこそとわたしたちを見る職員の目が気になるようになってきた。二十代半ばの若い女性職員は、わたしと理子が話しているときはいつも横目で見てきた。直接何をするわけでもないその態度が、わたしは不安だったし理子は気に食わないと言っていた。
決定的になったのはある日の夕方のこと。勤務時間を終えたのに帰りもせずに職員室に入っていく彼女の姿を見て、扉に近寄り耳を傾ける。大きな木の扉に阻まれてはっきりとは聞こえなかったが、どうやらわたしたちのことを話しているようだった。会話の中に何度かわたしの名前が聞こえた。その内容は会話のトーンと同じく不穏なもので、『不気味』とか『不安定』とか、最後の方には『病院に』と聞こえてきたのだ。彼女がわたしたちをどう思い、どのような処置を望んでいるのか、口にせずとも察するものがある。このままでは理子と引き離されるのではないかと、それがいちばん怖かった。ずっとふたりでいたんだもの。今更ひとりになんてなれっこない。
嫌だ、理子と離れるなんて嫌だ。わたし、ひとりでなんて生きていけない。
強くそう思ったとき、それより強い理子の声が聞こえてきた。
「大丈夫よ、恵理。私がついてる。あなたと離れるなんてさせやしないわ」
ほっとした。やっぱりわたしの味方は理子だけだ。
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