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変化
それからすぐはピリリとした空気が流れたり、色んな噂が流れたりしていた。長谷川の部屋から血のついたナイフが見つかったのが証拠だったとか、長谷川自身は容疑を否認しているとか、噂は簡単に耳に入った。しかしやがてそれらも収まっていき、わたしたちは同じ施設で暮らす男の子が殺されたことなどまるでなかったかのように、日常を取り戻していった。
やがて数年が経ち、わたしは中学を卒業して施設を出、働きながら理子と一緒に暮らしていた。コンビニのバイトはやることが多くて覚えるのも大変だったけれど、そう深く人と接することのないこの仕事は日々を流していくのにちょうど良かった。淡々と過ぎていく毎日、理子とふたりだけの生活は、穏やかに幸せなものだった。
だけどわたしは、それ以上の幸せを知ってしまった。
バイトを始めてから二年後の四月。新しく西さんという男性が加わった。この年に大学生になったばかりだというひとつ年上の後輩に、わたしが仕事を教えることになる。明るく働く彼は無愛想なわたしにもよく話しかけてくれ、毎回無視することもできずにいるうちに、少しずつ親しみも覚えてきた。
両親が火事で死んでから施設で育ったこと。人付き合いが苦手なこと。ぽつりぽつりと話す。
大学では心理学を学んでいること。将来はカウンセラーになりたいと思っていること。少しずつ知っていく。
そんな自身の変化にわたしが気付いたのは、夏が秋に変わる頃だった。同じ時間にバイトを終えて店を出ると、ドン、という低い音と共に空に広がる光の粒が目に入った。そういえば夏祭りの日だっけと特に気にもかけずに考えていると、隣からとても楽しそうな声がした。
「きれいだなぁ。そうだ。今から祭り、一緒に行かない?」
再び光る夜空。いつもなら他人と出かけるなんて面倒で、誘われても興味なんてないのに、このときは彼の笑顔の後ろに光る夜空に誘われたのか、それともその笑顔に惹かれたのか、ほとんど無意識に言葉は口から出ていた。
「うん、行く」
その先に見えた笑顔は、花火よりもずっと眩しかった。
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