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「実は僕、人間じゃないんだ」
深刻な打ち明け話をするようにそう言った隣人を見て、俺は曖昧に目を瞬かせた。
「そっか……」
「反応薄くない!?」
がたんと椅子を鳴らして隣人が立ち上がる。だけど「食事中だぞ」と指摘すれば、すうっと静かに腰を下ろした。
さて、人間じゃないなんて知っていた、ということをどう伝えるべきか。彼お手製のコロッケを頬張りながら、そんなことを考える。
そもそもこの町において、人間じゃない存在……というか妖怪は珍しい存在じゃない。生活する都合上みんな人間の姿を取ろうとしているものの、獣の耳がついてるとか鱗があるとかそういう住民はいくらでもいる。
隣人は化けるのが上手い方なのだとは思う。職場だってこの町ではなく、少し離れたところにあるデパートを選んでいた。普通に室内で遭遇したら、人間だと思ってしまうだろう。
でも、詰めが甘いというかなんというか。外で鉢合わせしたら影に狐の耳が付いているのがわかるし、俺が手料理を褒める度にちょっと顔が獣っぽくなるし。一緒にうどんを食べに行ったときに油揚げをあげたらとんでもない喜び方をされたこともある。
ついでに人間に対してめちゃめちゃに甘い。これはこの町に住む妖怪あるあるだ。この町の住民たちは妖怪のことを善き隣人として扱ってきた。分け隔てなく接してきた。そんな彼らに惹かれた妖怪たちは、独自の繋がりでこの町が良いところだと広めまくった。レビューで言うなら全員が星5を押して、しかもみんな知り合いだからサクラレビューもゼロってところだ。
良い印象を抱いて集まって、実際に満足している。だからみんな人間に甘い。孫のように可愛がる奴も、恋人として愛する奴も……そして、隣人として手助けする奴も。
なのでバレバレだ。ほかほかコロッケの前で考えるのも手間で、俺は結局考えたことをそのまま口に出した。
「……いつから?」
隣人が気まずそうな顔で問いかけてくる。
「初日。……っていうか、隣に引っ越してきた奴があまりにも自炊できなくて死にかけてるからって『毎日手料理食わせてやるから!』とか言った辺り」
「ほんとに初日じゃん!」
素直に答えれば、完全に頭を抱えてしまった。あとあまりにも自炊できない奴こと俺に「自覚あるならちゃんと食べて」とも付け加えてきた。うん、まあ生活能力がないことと、なにかに没頭したら本当に寝食忘れがちなことは認める。
なんとも不満げに唸る彼の前で、とりあえず口に入れたコロッケを飲み込む。
「必死に人間に化けてたつもりなんだけど……」
「客観視が足りねぇな」
にやりと口元を緩めて指摘すれば、隣人は図星だといわんばかりにため息をついた。
しばらく、無言で食事を進める。ヤケクソみたいにコロッケをかじって案の定「あっつ!?」と叫んだ隣人にケラケラ笑ったり、俺の茶碗が空になる度に炊飯器へ行こうとする彼を止めたり。いつも通りの空気。
だけどまぁ、隣人にとってはそうでもないのだろう。食事を終えてから、気まずくてしょうがないという顔で切り出してきた。
「……僕、隠し事してたってことになると思うんだけど。怒んないの?」
「はぁ」
「いや雑か」
心底どうでもいいという声が出てしまった。それで気まずさが吹き飛んだらしい彼に対し、言葉を続ける。
「お前が良い奴だって知ってるし、わりとどっちでもいいかなって」
隣人が目を瞬かせる。僕のどこが、みたいな顔をしている。
俺から見たらびっくりするほど良い奴なんだけどな。隣に住んでるだけの俺に対して一生懸命に世話焼いてくるし。ほぼ毎食作ってくれて、たまの外食や遊びにも付き合ってくれて、課題の資料が必要だって話せば全部集めてきてくれて。ありえないくらい良い奴か、もしくは親族じゃないとありえないレベル。流石に男が同性相手に褒めちぎるのちょっとどうかなって思ったから言わないけど。あと口に出したらちゃんと俺がクソ野郎になる。
「良い奴だよ、本当に」
だからまぁ、シンプルな言葉に収めておいた。
「……一応、一世一代レベルの告白だったんだけど」
「ごめん、ラブとかはちょっと」
「いやそっちの告白じゃない」
「知ってる」
くだらない会話にすり替えてから、食器を持って立ち上がる。隣人は洗えなんて言わないけれど、世話になりすぎて申し訳ないからこっちは俺の担当だ。善人すぎるコイツの代わりにセールス追い払うのと、食器洗いの担当です。少ない自覚はある。
手を泡だらけにしていると、背後でしみじみと「良い奴かぁ……」なんて呟いているのが聞こえた。こっそり視線を向けてみれば、気が抜けている隣人の後ろ姿。なんでわかるかっていうと、もはや隠す気もないだろう長い尻尾が見えているからだ。嬉しそうに揺れている。実家の犬と激似だった。まぁ狐って犬の仲間みたいなもんか。
隣人の感情がわかりやすいっていう観点から考えて、尻尾が出っ放しでもわりと良い気がした。
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