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ウィスタリア国の(すす)けた市街地を、乾いた風が駆け抜けてゆく。 僕は空を見上げた。 尖塔屋根の向こう側を一台のスチームバイクが飛んでいた。スチームバイクとは魔法と蒸気の力で空を飛ぶバイクのことだ。鋼鉄の動力タンクやエンジンから鈍く光る真鍮のパイプやチューブが伸び、クラッチケースやディスクプレートにはでっかい歯車の装飾が施されている。バイクの後部には、配送箱が取り付けられていた。 元気なエンジンの音に、思わず頬が緩む。 「うん、今日も配達日和だ」 この国では、魔法が使える人と、そうでない人がいる。混沌とした時代の最中(さなか)、様々な技術が多岐に渡って発達し、今では空を飛ぶ配送事業も珍しくない。 かくいう僕も配達人だ。 「ギル!」 名前を呼ばれて振り返ると、ワゴン販売のホットサンドイッチが出来上がっていた。ありがと! と笑って受け取る。ベーコンとチーズの香ばしい香りがたまらない。 ブランチ代わりのサンドイッチを頬張りつつ石畳の道を歩く。伝統的なパブ、モダンなカフェなど様々なお店が並ぶ先に、沈んだ色合いの古めかしい建物が立ち並ぶ通りがある。 その手前に、僕の務めるスチームバイクの支局があった。 建物の裏手に回る。裏口から庭を突っ切って、更衣室へと入る。 麻シャツとベイカーパンツから、カーキ色のかちっとした制服に着替えた。 エンジニアブーツに足を突っ込む。寝癖のついた茶髪をちょっと引っ張って、仕分け室へと向かった。 * 勤怠カードをつけるなり、声がかかった。 「おい、ギル! 特配依頼が来てるぞ」 特配依頼というのは、取り扱いが難しい特別な荷物の配送依頼だ。 パーテーションで仕切られた仕分け室の隅へ向かうと、人影があった。友人のリオンだ。黒髪に切れ長の目で背が高い。中央配送局で働いていて、たまに、引継ぎと称して支局へ顔を出す。 「や」 僕の簡単な挨拶に、「よ」と、リオンが応じた。 続いてテーブルの上を視線で示す。 小包は梱包紙に包まれて、さらに紐で十字に結ばれていた。 「依頼人は素性を明かしたくないそうだ。中身は『夜明けに羽化する宝石蝶の(さなぎ)』だと」 宝石蝶の蛹、は石ころのような見た目をしている。羽化が近づくにつれ薄く透明になり、内包する蝶が見える。蛹がぴしりと割れた瞬間、宝石蝶が飛び立つ様は美しく、とても人気が高い。 「……サテライト三番地区の……アリシア宅へ届けて欲しいそうだ」 珍しく歯切れが悪い。かなりの郊外だからだろうか。確かに、今から行って到着するのは夜明け前になる。 他の配送確認も兼ねて聞いてみる。 「つまり、今日・明日はこれにかかりきりってこと?」 「そうなるな。指定日時過ぎたら責任取らされるぞ」 「はぁい」 ひょいと小包を取り上げる。このくらいならボディバックがちょうどいい、なんて考えているとリオンが再度口をひらいた。 「気をつけてな」 「うん」 そんなふうにリオンが僕を労うのは珍しかった。 少し引っかかったけれど、まあいいかと小包を手にする。 しっかりと封を施された包は軽く、どこか懐かしいような匂いがした。
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