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先輩は並みいる魔法使いの中でも特に頭ひとつ抜きんでており、既に自分のギルドを持って仕事をしていた。
ギルドの連中は変わり者ばかりだ、と周囲に揶揄されているのを知る頃には、僕はすっかり先輩のギルドに馴染んでいた。
その頃、住居の近くで僕の遅い歓迎会と称して、お花見が開かれた。
魔法使いたちもお花見するんだな、なんて偏見にまみれつつどんちゃん騒ぎを眺めていると、急に鼻の奥がつんとしてきた。
分厚いラグにごろりと寝そべる。
いくつもの魔法の篝火が桜を照らし出していた。冷たい風に桜が舞って、淡い夜を彩っていく。
と、僕の隣に先輩が座った。グラス片手に話しかけてくる。
「泣くなよ」
「泣いてませんよ」
甘いジュースの息で、先輩が笑った。
「ギル、辛気臭いぞ!」
「そんな、はっきり言います?」
「うん。大事なのはきみが何者かということではない。何者かもよくわからんきみが、何をするかということだ」
びっくりして涙が引っ込んだ。
自分に何が起こったのかよくわからない。でも、とにかくその一言に、頭をかち割られたような気持ちだった。
翌日。
たっぷりと寝た昼過ぎ。
部屋の窓を開けると、奇妙なバイクが庭に置いてあるのが見えた。
何だこれは、と近寄って眺める。
「おはよう」
声に振り返る。作業着の先輩が腰に手を当てて笑っていた。先輩の隣には、黒髪で鋭い目をした長身の男が立っていた。
「彼は整備士、名前はリオン」
よろしく、とぎこぎなく挨拶を交わす。
先輩が、にぱっと笑みを浮かべて言った。
「今度新しくスチームバイクによる配送事業をはじめるんだ。科学みたいな魔法と、魔法みたいな科学が合わさったこの国の技術の結晶を使って、我々は空を飛ぶんだよ」
危なそう、より、乗ってみたいが打ち勝った。
うずうずしていると、先輩が僕にレクチャーしはじめた。基本的な操縦方法とこけた時の起こし方を教えてもらう。
ひとまず乗ってみる。スタンドを蹴って走る。ぶわ、と浮かび上がった瞬間、前輪が浮きすぎて回転した。
おもいっきりすっころんだ僕を見て、先輩とリオンが駆け寄ってきた。リオンの、あちゃー、という仕草に、先輩の半笑いの顔に、負けん気が刺激された。
精一杯痛くないふりをして尋ねる。
「アドバイスはありますか?」
きょとんとした先輩は、次の瞬間、立て続けに喋った。
「ハンドルに掴まるな! 膝でしっかり車体を挟め! 重心は前に!」
なるほど、ともう一度バイクに跨った。すぐに飛ばすのではなく、しばらく地面を走らせる。危なっかしく走るうちに、なんとなく、コツのようなものが掴めてきた。
もう一度、と見えない道を捉える。同じく体が浮き上がりかけたが、重心を前において安定させる。
空から帰ってくると、さきほどと同じく小走りで二人が近寄ってきた。口を開いたのはリオンだった。
「驚いた、地面に突っ込んで爆散することも視野に入れていたのに」
「なんつーもの開発してるんだ、あんた……」
先輩が僕らの会話に割って入る。
「楽しかった?」
「はい」
先輩が笑った。そのぴっかぴかの笑顔に、僕はスチームバイカーになるんだろうなぁ、とぼんやり思った。
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