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ふっと意識が引き戻される。
気づけば結構飛んでいた。
危ない、と気を引き締める。飛んでいる時に他所事を考えると事故の元だ。だけど、どうしてだろう。今まで封をしていた記憶の蓋をこじ開けたように、沢山の出来事が押し寄せてくる。
あのあと、先輩はどうなったんだっけ。
ついそんなことを考えてしまう。
配送事業は順調だった。
でも、いつからだったろう。
少しずつ、先輩と会話が噛み合わなくなることが増えてきた。それは、先輩がマイペースな性格だからではなくて、その場の状況を把握し損ねることが増えたせいだった。目をすがめてこちらを見ていることも多くなった。
おかしいな、と医者にかかった時には、先輩は魔力の大半を失っていた。
そんなことあるんですか? と僕に詰め寄られた医者が言った。
──通常、持って生まれた魔力は一生尽きることはありません。ただ、成長過程の途中で魔力が発現した場合、ごく稀にですが突如として全ての魔力を失うことがあります。
その時、先輩と一緒にいたのは僕とリオンだった。リオンは整備士の現場をやめて、ギルドの運営に参加するようになっていた。
魔法が使えないと、この配送事業は務まらない。僕もリオンも最大限支えるからと申し出たが、断られた。
──魔力を失った人が暮らす村があるんだ。私はそこへ行く。守られていて安全だから。
狼狽える僕を他所に、ギルドの譲渡は淡々と進んでいく。
先輩は僕を支えてくれた。今度は、僕が支え返す番なのに。
自分の無力さが歯がゆかった。
先輩がいなくなる。それでも毎日は続いていく。先輩が抜けるぶん、僕がしっかりしなきゃいけないのに。
気がつくと、もしもこうだったら、なんて違う世界線を探している自分がいた。無駄な思考に疲れ果てて毎日が終わるようになっていった。他にすることが沢山あるのに。
こんなことをしていても先輩の助けにはならない。全部自分のためだ。僕は痛いやつだ。どうしてこんなに自分のことしか考えられないんだろう。僕が先に限界を迎えるなんて、悪い冗談でしかないのに。
僕は本当に未熟で、馬鹿で、どうしようもなかった。最低で最悪だった。
だから、ある日、誰よりも辛いはずの先輩に、自ら『先輩を僕の記憶から消してくれ』と頼み込んでいた。
──弱くてごめんなさい。許してください。
先輩は一つ笑って言った。
──きみは本当にばかだなぁ。でもいいよ、そこが可愛いから。
先輩は僕には使えない魔法を沢山使うことができて、かろうじてその魔法を使えるくらいの魔力は残されていた。
僕に杖を向けた先輩が見透かしたように笑った。
──いいよ、と言ったのはね。消したところでいずれ思い出すからさ。私との思い出を抱えて飛べるようになったら、きっと……そうだ、その時には一つ荷物を運んでもらおう。
そうやって、僕は、先輩を、僕の記憶の中から消した。
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