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3
サテライト区に辿り着いた時には、まだ夜明け前だった。
三本杉の丘にバイクで降り立つ。
その木に隠れるように立っていた人影が目に入った。リオンだった。あのあとすぐに発ったのだろう。すぐ近くにスチームバイクがあった。
バイクを眺めつつ、ほんのりと苦言を呈してみる。
「事故ったのに懲りないんだから」
「これからはこれまで以上に気を付けて乗るさ。中央の業務と平行して、事故ったところで大丈夫なように安全装置を開発しているし」
「頼もしいね」
笑う僕を見たリオンがくしゃりと顔を歪ませた。
声は随分と唐突だった。
「言わなきゃならないことがある──お前の中からアリシアを消すように、とアリシアを唆したのは、俺だ」
え、と言葉に詰まった。
「アリシアが魔力の大半を失って以来、お前は憔悴しきってた。アリシアからお前について相談された時、俺はお前の中からアリシアの記憶が消えればいいと言ったんだ。だから、悪いのは俺だよ」
一瞬、ああ僕は悪くなかったのかも、なんて気持ちがよぎった。
僕が馬鹿なお願いをした時、誰も僕を止めなかった。
軋む心がすうっと穏やかになって……でも、思ったより楽にはなれなかった。
僕はもう、散々楽をした後なのだ。
楽だけど苦しくて、苦しいけど楽だった。
情けない自分のまま、何とか口をひらいた。
「リオンは悪くないよ。実際にお願いしたのは僕だから──あのね」
なぜかリオンが身構えた。
僕は言葉を続けた。
「ありがとう。あの日から今までの出来事を覚えていてくれて──僕と周囲との調整をしてくれて」
アリシアが姿を消してから、アリシアのことを話す人はあまりいなかった。古参のギルドメンバーたちはみんな姿を消し、譲渡された先の新しいギルドメンバーたちが沢山入ってきた。彼らは僕やアリシアのことをあまりよく知らず、話を振られたとしても、お互いに『遠い雲の上の存在』という感じで話が合った。そういう新人が沢山いる部署に僕を配属したのはリオンだった。
リオンが驚いたように言った。
「恨んでないのか」
「全然」
リオンはあまり納得していない様子だった。
苦笑して言葉を付け足す。
「僕の中からアリシアを消した理由は、ちゃんと、僕の中にあるから」
僕は、痛みに弱くて生き汚い僕と、これからも一緒にいる。楽になれないまま、ずっと空を飛んでゆく。
ようやく、それでいいんだと思えたから。
ボディバックの荷物を取り出した。
一歩踏み出して、声をかける。
「リオンも一緒に行こうよ」
ああ、と頷いたリオンがやっと笑みを浮かべた。
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