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* * *
金曜日、公園に向かう。約束通り、老人はベンチに座っていた。
レポートを渡すと、老人は眼鏡を掛けて読み始めた。結果的に10ページにもなったレポートを確認する。結論が書かれた最終頁を読み終わると、俺にこう言った。
「良くできたレポートだ。論理的かつ緻密。約束は承った。確認だが、本当にこの結論で良いのだな? 後悔はしないな」
老人の目をキッと見つめてうなずくと、彼は表情を崩して不気味な笑みを浮かべた。
「来週のこの時間、ここで待っておる。結果確認会をしようではないか」
* * *
翌週の金曜日、俺は老人よりも前に公園についてしまった。興奮して、いつもよりも早く下校してしまった。老人は時間通りに現れた。
「お前が指定した人間を消してやったぞ。だから、学校がどんな様子だったのか話してくれ」
「そりゃーもう、学校中がひっくり返った感じだったよ」
「想像に固くない。ワシも驚いたくらいじゃからな。消して欲しい人物……それは、お前が慕う女性教師――ユリ先生だったんだから」
俺は間もなく沈む太陽を仰いでから、深呼吸をした。
老人にレポートを渡したのが、先週の金曜日。
学校から全校生徒への連絡が回ってきたのは、日曜日の夜だった。
『明日は緊急の全校集会を行います。教室へ向かわずに講堂へ集合すること』
それだけでは、何が起こったのか分からない。しかし、俺は老人が約束を達成したのだと確信した。
「集会はどんな様子じゃった」
老人は杖に両手を乗せて、正面に立つ俺の方へ体を乗り出した。
「悲しいお知らせです。ユリ先生が、昨日、お亡くなりになりました。それが校長の第一声だった。驚きを含んだざわめきは、すすり泣きに変わった」
大部分の生徒にとっては青天の霹靂だっただろう。例外は、あの四人だけ。
「生徒と先生が一緒に出かけた先で消すなんてな。まさか実行する場所を指定してくるとは、思ってもみなかったぞ」
俺はレポートの結論にこう記した。
『消すのはユリ先生 場所は、日曜日に、あの四人と行く江の島』
「四人は学校に来てたのかい?」
「本気で聞いてますか? 来られる訳がないですよ。観光地の人混みの中、目の前で愛しの、憧れの先生が苦しんで死んだんですから。全員、半狂乱になり入院したらしいですよ」
気が付くと俺は、声のトーンを上げて笑みを浮かべていた。
「ワシはイジメにポイントを振り、恨みを正確に算出するものだとばかり思っておった。まさか、あんな分析をするとはな」
「四人のうち一人を消しても、悲しみは卒業とともに終わる。あいつらの関係なんて、そんな薄っぺらいもの。だから、一網打尽にダメージを与えられる方法を考えたのさ」
「教師を慕っている度合いをポイント化、彼女が消された場合に与えるダメージと、四人のうち誰か一人が消された場合に与えるダメージを比較。その結果、先生一人を消す選択をするなんてな」
俺は表情を引き締めて、ダウンコートのポケットに手を入れた。その中にある固いものを確認する。
「一つ分からんことがある。レポートは予想を超えたものだった。しかし、お前はその先生を慕っていたのじゃろ。心は痛まんのか?」
慕っていたことを老人には話していない。やはり、老人は俺の身辺を調査している。
「痛まないね」
「なぜ?」
「知ってしまったんだよ」
「何をじゃ?」
「あいつは俺がイジメられていることを知っていた。スマホを破壊されたとき、俺は視線を感じた。猫かと思ったら、不意に目に入ったんだよ」
「何がじゃ?」
「進路指導室の窓がそっと閉じられるのを見てしまったんだ。俺と話してくれたのは、イジメを止める勇気がないから。単なる自己満足。だから、そいつを消すことにしたのさ」
老人はジッと俺を見て黙っている。
「冷酷じゃな。さらに、ポケットに入っているナイフでワシを殺すのか?」
――くそっ、なぜバレた?
手を下したのはこの老人だが、レポートは向こうに渡っている。いつ、警察が俺にたどり着くかわからない。
そう思った俺は、台所から果物ナイフを持ち出してポケットに忍ばせていたのだ。
「ハハハハハハ! そんなものでワシは殺せんぞ! 試してみるか?」
そうだ。
この老人は、人混みでも人間を殺せる能力を持っているのだ。ケンカをしたこともないモヤシ少年が勝てるのだろうか?
「合格じゃ」
「……合格?」
「分析力、予想外の結論、大胆な行動。お前は組織のメンバーに相応しい」
老人はスクッと立ち上がり、立ち尽くす俺の前へ歩を進めた。
「表の世界では語れない仕事をする組織……その分、報酬はけた違いに高い。母親を楽にしてやることも可能」
「あ、あんたは……?」
「リクルーター……ってところかの」
老人は、右手を前に突き出して握手を求めてきた。
(了)
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