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* * *
翌日も図書室で勉強したあと、職員室の前を通る。
「じゃあ、帰りまーす」
「先生、バイバイ」
職員室の隣にある進路指導室のドアが突然、開いて四人の男女が出てきた。イジメ四人組。予想外だったのか、四人はギョッとしたように目を丸めた。しかし、すぐに表情を戻す。
B子は、室内に視線を向けて手を振った。そして、俺の方をチラッとみて、舌をベーと出した。進路指導室にいる先生には見えないように嫌がらせするとは狡猾な女。これは、3ポイント。
四人は俺を無視して、楽し気に会話をしながら靴箱の方へ歩いていった。
時間差で移動するしかない……と思っていると、室内から女性の声がした。
「あら、今日も図書室で勉強? 頑張るわね。ちょっと、お話ししていかない?」
室内の机の向こうから手招きするのは、担任で進路指導担当のユリ先生だ。赴任して、まだ二十代の若い先生。
「いえ、僕は……」
「勉強の合間には休憩が必要。缶でよければ、コーヒーもあるわよ」
こんな感じでユリ先生と話すのは、今回で三回目。いつも職員室の前を通るのはこれが理由だ。自分でドアを叩く勇気はないので、偶然に期待するしかない。
「じゃあ、少しだけですよ」
我ながら偉そうな言いぐさだ。しかし、先生はそんな気にする様子もなく、穏やかな笑みを俺に向けていた。
* * *
進路指導室を出た俺は、スキップしたい気分だった。ユリ先生は、勉強のことは全く質問せず、俺の趣味のことや生活のことを色々と聞いてくれた。
先生が長い黒髪をかき上げるたびに、ほんのりとシャンプーのいい香りがした。いつまでも、話していたい……そんなことを考えてしまうのは先生といるときだけだ。
四人組が先生にベッタリなのは理解できる。
男子二人は、彼女がいる前でも色目を使うし、女子二人は憧れの目つき。おそらく、クラスの全員が慕っているだろう。
靴箱を開けるが、今日は何もされていない。
シューズに履き替えて、外に出たときだった。
「先生、僕の話を聞いて~」
男子の甘え声、続いて複数人の笑い声。そこには、イジメ四人組が待ち構えていた。無視して、脇を通り過ぎようとしたが、男子二人が進路を塞いだ。
「ちょっと、話をしようぜ」
「いや、僕は……」
気が付けば、四人が俺を取り囲んでいた。ついに、あからさまな嫌がらせに打って出たようだ。まさか校内で暴力はしないだろうけど。
B子 「あんた、今日、私の胸、チラチラ見てたでしょ。それ、セクハラだからね」
A男 「俺の彼女にゴミ視線投げるの、キモイからやめてくれ」
C男 「お前には、アニメの二次元女子がお似合い。抱き枕、買ってやろうか~」
D子 「あんた、彼女いたことないんでしょ。成績が良くてもモテない。生きてる価値無し」
一人が話すたびに、他のメンバーがバカにするように裏声で笑う。無慈悲に浴びせられる、暴言の数々。耐えかねた俺は、咄嗟にポケットに手をいれて、ある操作をした。
A男 「おまえんち、予備校に行く金もないほどビンボーなんだろ」
B子 「奨学金の無駄使い~」
C男 「昼ご飯の残りのパン、恵んでやろうか?」
D子 「何、こいつ」
異変に気が付いたD子が俺のポケットに手を突っ込んで、スマホを抜き取った。
D子 「こいつ、録音してる!」
C男 「クソっ、何て奴だ。ビビッてるふりして、抜け目ねーな」
イジメの証拠を押さえる作戦は、あえなく失敗した。そればかりか、彼らの怒りに火をつけてしまった。
A男 「校外に連れ出して、ボコるか!」
C男 「暴力はさすがに、マズいって」
D子 「ひとまず、録音データ消しといた」
B子 「何が楽しくて生きてるのかしら」
四人はその後も暴言を吐き続けた。
A男が「飽きた、帰るぞ」と言うと、四人は俺を残して校門の方へ向かって歩き出した。
「スマホ、返して」
絞り出すように彼らの背中に声を投げかける。
「悪い悪い。返しとくわ」
D子は5メートルほど先から、スマホを放り投げた。
グシャ。
スマホは鈍い音をたてて、俺の目の前に落ちた。
「ごめんなさい、受け取れると思ったんだけど。運動神経が鈍いのが悪いんだからね」
拾いあげたスマホの画面は、表示が分からなくなるほど割れていた。
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