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* * *
涙が出てきた。
自分が泣かなければならない理由は分からなかった。
そのとき、ふと、誰かの視線を感じた。周囲を確認する。
校門の手前で、黒猫がこちらを見ていた。猫までも俺をバカにしているように思えた。
心の中がグチャグチャになり。スマホを握りしめて歩き続けた。
ユリ先生と話して上向いた気分は、完全に消え去っていた。
「もう、死にたい」
気が付けば俺は、高台の公園にいた。太陽が西の空に沈みかけている。
手すりに上に立つ。その下は、10メートルほどの急斜面になっている。
俺が死んだところで、奴らはノーダメージだろう。イジメの事実を遺書に残すか? でも証拠はない。
もはや、遺書を残す気力すらなくなっていた。心が憔悴すると、復讐をする力も失ってしまうのか。
「君は死にたいのか? だったら、ここでは無理じゃ」
誰もいないはずの背後から突然の声がして、体がビクッと震えた。
振り返ると、老人が立っていた。
腰が曲がり、杖をついている。いつの間に? 全く気配を感じなかった。
「この高さでは死ねんぞ。半身不随になって一生苦しむだけ。ひとまず降りてきなさい。ヒヒヒ」
不気味に笑う老人の言葉に釣られて、俺は手すりから降りた。
「死ぬ前に、何があったか聞かせてくれ。ワシは人の不幸話が好きでの」
「四人のクソどもが、俺をイジメる話。そんなの聞いても、つまらないと思いますが」
「ヒヒ、そうでもないぞ」
老人は近くの木製ベンチに腰をおろした。
三年間にわたるイジメの数々を詳細に語った。老人は終始、ニヤニヤしながら聞いていた。
話が終わるころには、周囲は真っ暗になっていた。
「辛い話をしてもらって、すまんの。楽しませてもらったぞ。じゃあ、死にに行ってもらってええぞ」
老人はヒヒヒと口角を上げて笑うが、俺の自殺願望は消失していた。老人に語ったことで、頭が冷えたようだった。
「その気が失せたので帰ります」
「憎いか? そいつらが」
「えっ?」
「ワシが消してやってもいいぞ。そやつら、相当なワルみたいだからな」
何を言っているんだ?
「消すって、もしかして、ころ――」
老人は右手を挙げて「殺す」と言いかけた俺を制した。
「君には、迷惑が掛からんようにする。ただし、条件がある」
「条件……?」
「ひとつ。消すのは一人だけじゃ。四人は無理」
俺はごくっと喉を鳴らした。嘘を言っている目ではない気がした。
「ふたつ。一人を論理立てて選ぶこと。レポートを書いてこい。感情的にではない、論理的にだ。レポートの出来が悪い場合、この話はなしじゃ」
復讐したい相手を一名、選べと言っているのだ。納得できたら、老人がそいつを消す――殺すでまちがいないだろう――のだ。
「乗るかい?」
嘘かもしれないが、もし復讐を代行してくれるなら願ったりだ。俺は無言でうなずいた。
「来週のこの時間、ここで待っておる。楽しみにしておるぞ」
* * *
帰宅後、作業に取り掛かった。
イジメを論理的に分析して、最悪の一人を選ぶ。頭をひねった。イジメにより受けるダメージは人それぞれだ。
偏差値の高い連中は、直接、暴力を振るうことはない。つまり、与えられるのは、測定しにくい心理的ダメージということになる。
これまでもポイントを入力していたが、主観で決めていた。論理的に導くには再考が必要。
ノートを開く。そして、イジメのパターンを書き出していった。思ったよりも、バリエーションは多くない。
次に、イジメの状況を回想して、ダメージが大きかった順に並べた。そして、最もダメージが大きいイジメを50ポイント、最も小さいものを1ポイントとした。その間は線形にポイントを割り振る。これで表が完成。麻雀の役と点数の対応表みたいなもの。
ここからが大変だった。過去のイジメを全てパソコンに入力し、新しい表に基づいて、ポイントを振りなおしたのだ。作業は明け方までかかった。
予想通り、A男がトップ、2位がB子だ。
あと一週間。その間のポイント次第で、彼らの運命が決まる。
心が躍った。
むしろ、早く何かしてくれないか待ち遠しくなっていた。俺はB子に色目を使ってA男を怒らせてみたり、模試の結果を自慢げにひけらかして、彼らを煽った。嫌がらせはエスカレートした。
老人と約束した日の前日、木曜日の晩、SNSの裏グループを閲覧した。もはや、クラスの全員が俺の敵だった。
しかし、四人以外の生徒がポイントレースに絡んでくることはない。四人は、一年生のときからの蓄積があるからだ。
俺の悪口祭りが終わったので、ノートPCを閉じようとした時だった。A男の不意の書き込みが目に止まる。
『週末、ユリ先生と、お出かけなんだ~』
『デート? 先生はまずくね?』
『ちげーよ、俺たちは四人』
『内申点、稼ぎか?』
『もう、推薦入試、終わってるつーの』
『イイな~ どこ行くの?』
『江の島 お前ら偶然を装って来るなよ』
ユリ先生とプライベートで出かけるだと。
彼女に憧れている四人が誘ったのだろう。
くそっ……。
勉強机を思わずグーで叩いていた。羨ましい。
このパターンはポイント表に存在しない。
俺はこれもイジメの一種と判断して、新たなポイントを割り振った。
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