あいつを消した理由

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あいつを消した理由

 いつものように図書館で勉強をしたあと、これまた、いつものように遠回りをして、職員室の前を通ってから、校舎の出口に向かった。  ほとんど生徒は残っていない。年の瀬が近付くこの時期は、部活動も早く終わってしまうし、俺とおなじ高校三年生たちは、予備校へ向かう。  塾にも予備校にも通っていない俺にとって、図書室が勉強部屋だ。最新の赤本もそろっている上、貸し切り状態。無料でこんな施設が使えるなんて贅沢だ。  偏差値上位の私立高校において、俺のような勉強法を行う生徒は皆無だ。だが、問題はない。参考書と、図書室の書籍、月に数千円で加入でき学習動画が見放題のサービス。これだけあれば十分だ。  今の時代、お金をかけなくても勉強できる。予備校の高い授業料は、勉強をさせているつもりになる親の自己満足の象徴。  上履きを脱いでから、靴箱を開けて外履きのシューズを取り出した。  またか……。  靴の中に何か入っていた。裏返すと、死んだゴキブリがポトリと地面に落ちた。  うげっ、気持ち悪い。  今日は誰がやった?  進学校のいじめは陰湿だ。なまじ偏差値が高いだけに、手口が巧妙かつ狡猾。自分がやったという証拠は残さない。  いや、残していないと思っているのだろう。俺は、鞄から指紋の採取をするためのキットを取り出した。靴箱の扉に薬剤を塗布すると、綺麗に指紋が浮かび上がる。それをシールに転写した。  過去に採取した指紋と照合すれば、誰のものか分かるだろう。  鞄からティッシュペーパーを取り出してゴキブリを包み、ポケットに入れる。帰りにどこかで捨てよう。  先生は、俺がいじめられていることを知らない。告げ口をするつもりはない。成績優秀なため授業料が免除されているので波風をたてたくない。母子家庭で必死に働いてくれている母さんに心配をかけてしまう。  外に出ると真っ暗だった。俺はダウンコートの襟を立ててから、駅へと向かう。  こんな事をする人間は、あの四人のうちの誰かしかいない。A男とその交際相手のB子、C男と、これまたその交際相手のD子。  もちろん、彼らには親がつけた正式な名前がある。だが、本名で呼ぶ価値はない。  中高一貫の我が校は、彼らのように中学校からの持ち上がりの生徒が多数を占めている。俺のように高校から入って来た人間は馴染むのが難しい。  カースト上位の連中に媚びへつらって生きていくか、学校を辞めていくかだ。俺は、そのどちらも拒絶した結果、入学以来ずっと陰湿ないじめを受けている。  彼らが俺を目の敵にする理由は明確だ。予備校に行っていない俺が、優秀な成績を収めているのが気に食わないのだ。  俺れ、陽キャなスポーツマンなら態度が違っていたかもしれない。もやしのように細く、色白で、アニメが好きな俺に対しては苛立ちを覚えるのだろう。  にしても、この世は不平等だらけだ。男性アイドルが「アニメ好きでーす」と公言しても、キャーキャー言われるのに、陰キャが言うと気持ち悪がられる。  ボロアパートの二階が自宅。キッチンと和室が二つしかない。  電気が消えているので、母さんは今日も仕事で遅いのだろう。スーパーで安くなった弁当を買って帰ったのは正解だった。  風呂に入ってから、自室に移動して勉強机に向かった。  ノートパソコンを開いてネットワークにつなぐ。誕生日プレゼントにくれたもの。決して安いものではないので、ダメ元で頼んでみたら買ってくれた。母さんには感謝しかない。  SNSのアプリを立ち上げる。 「おー、今日も祭りになってる」  俺が開いたのは、クラスのグループチャットだ。 「今日あいつに、じっと見られた マジでキモイ」  書き込んでいるんはB子だ。クラス委員を担う美人とは思えないほどの汚い言葉。『イイね』を意味するスタンプを送った連中はすでに五名。  アホなやつらだ。俺が見てるとも知らないで。このグループチャットはクラスの「ほぼ全員」が入っているもの。「ほぼ」は「俺を除く」の意味だ。  担任を含めたクラスメイト全員が入るグループは別に作られている。つまり、俺が今見ているのは、裏グループというわけだ。  クラスメイト一名を外して悪口を語り合う。こんな陰湿なことはない。  なぜ、俺がこれを見られるのか?  それには、カラクリがある。SNSにはパソコンからもログインができるのだ。  俺はコンピュータにうといD子のIDを入手してログインしている。パスワードはD子の誕生日。セキュリティの意識が低すぎ。  ついでにC男とD子の二人のイチャイチャトークも覗けてしまう。いつか公表してやろう。受験生の二人が、頭が悪くなりそうなあんな行為をしていることを。  チャットは受験の話題に移っていた。 「年明けたらすぐに共通テスト、マジで憂鬱」 「国立狙いは大変だね 俺は私立第一志望だから3科目」  悪口は終わったみたいなのチャットを閉じた。  俺は、表計算のアプリを開いた。そこには、A男、B子、C男、D子の名前が書いてある。その下には、日付と数字がズラリと入力されていた。  一日の終わりに、イジメの内容と、受けたダメージをポイントとして入力していくのだ。  指紋から、ゴキブリを入れたのはA男だと分かった。  バカなやつだ。バレてるとも知らずに……これで、A男がイジメポイントのトップ。いや、さっき、SNSで悪口を書いていたB子の分を入力していない。結構、ひどいことを書き込んでいた。ポイントは……おお、B子がトップになった。  このカップルは揃ってクソだな。俺はノートパソコンを閉じて布団に寝転がった。  天井の電灯がチカチカしている。古い蛍光灯だ。LEDに交換するお金がないので仕方がない。  目を閉じると眠気が襲ってきた。  イジメが俺の心を削っていることは自覚してる。  ポイントを付ける行為は、心を平静に保つための防御手段に過ぎない。
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