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#10
翌朝フロントで注意を受けて、羽鳥くんは退出を余儀なくされた。
「お前のせいで住むとこなくなったじゃん」
「私のせいではないと思いますけど!」
「お前の声がでかいから」
「だから私のせいじゃないと思いますけど!」
どう考えてもあんなところであんなことする羽鳥くんのせいだと思うけど!
「ど、どうするの?実家帰るの?」
「えー、帰んねぇ。しゃぁねーなー。この足で住むところ探すかなー」
そもそもどうして家を出て部屋も借りずに過ごしているんだろう。
「あ?俺もう仕事辞めるから」
「え?!」
「〇〇重工受けて内定もらえてる。あとは今してる仕事捌いて引継ぎしたら終わり」
「え?辞めちゃうの?いつ?なんで?」
「あんな幼稚でクソな上司のいるところで働いてるのアホくさくね?エンジニアへの待遇悪いしやってらんねぇ。もっと働きやすいところで仕事してぇもん」
そんな。
もういなくなっちゃうの?知らなかった……そりゃそんなことぺらぺら話すことでもないし、そこまで親しいわけでもなかったけれど。
自分のそばに、羽鳥くんはずっといてくれるものだと思っていた。
いてほしいと……思っていたのに。
「お前も辞めれば?」
「え?」
「気分で切れたりするようなヤツの下で文句ぶつけられてさ……あいつのストレスの捌け口になる必要ねぇじゃん」
「……」
そんなことを思っていても、私は羽鳥くんとは違う。技術もキャリアもなんにもない高卒の女だもん、転職先に未来が見えない。辞めたいです!と思ってスパッと辞められるものじゃない。無職なんて考えられないし……そう思って俯いていたら顎下持ち上げられて目を覗き込まれた。
「前園と切れて、仕事も辞めて……俺んとこ来いよ」
「……」
「お前ひとりくらい、全然養ってやれるけど?」
それは、えっと……。
「住むところ……友香子も一緒に選んでよ」
「……」
それって、つまり……。
「わ、私、まだ彼氏……」
「うるせぇな。いつまであんなヤツ彼氏にしてんだよ。どうせ祇園で女と遊んでんだよ」
そんな気はしてたけど、考えないようにしてたんだよ?いつもいつもいろんなところで他の女の子にいい顔してるんだろうなって。私は……実は本気の彼女なんかじゃないんじゃないかって。
だから飲み込んで、傷つかないように、自分から……都合のいい女に成り下がっていただけ。
「……別れる勇気、なかった」
好きと言われた言葉を信じたかったんじゃない。羨ましがられるから縋っていたんじゃない。ただ、自分に素直になって、自分の幸せってなんだろうって向き合えなかっただけ。瑛太がいなくなったら自分は誰のために頑張ればいいんだって。
「別れるなんか我慢することじゃねぇし。お前の人生、あいつがすべてみたいなのクソ腹立つんだけど」
そんなこと言ってくれる人、今までいなかった。
「私の人生?」
「お前の人生じゃん。行きたいところ行って、食いたいもん食って、欲しいもん買えばいい」
私の人生は、私のもの。そう言ってくれる人の傍にいたいって言うのも我儘じゃないのかな。
「ちゃんと、さよならするから待っててくれる?」
わがまま言って、甘えて、愛してほしいって相手に言える勇気がなかったの。
「別れたら……一緒にいてくれる?」
愛してくれる?私だけを、ずっと。この先もずっと。
「これ以上待つの無理だし今日中な?」
時間厳守、納期絶対、報連相確実、状況把握徹底。羽鳥くんはやっぱり絶対真面目だよね?
チャラそうで女遊びしてそうなのに、ちゃんと未来の約束してくれる真面目な人。そんな人とだから、私も自分のために未来を見つめられるんだ。
END
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