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「片付いてなくてごめんね。ほら、座って座って」
うながされるままストロベリーパイの置かれたテーブルにつく。
「啓ちゃんがいない間にね、色んなことがあったんだ。佳奈が結婚したり、お母さんになったり。赤ちゃんと一緒に家に来てくれてね、たくさん抱いてなでなでしてあげたんだ」
佳奈というのは沙也の妹のことだ。
友だちの少ない沙也にとっては数少ない自分以外の話題であり、次に来る言葉を僕はもう知っていた。
「でもね、佳奈の旦那さん、戦争に行ったまま帰ってこないの」
僕が初めてこの話を聞いたとき、佳奈の夫の生死はまだ分からなかった。
でも、今は知っている。
彼の墓標を訪ねたのだから。
それを沙也には伝えることはできず、初めて聞いた話のように眉をひそめて「無事だといいね」と言った。
そして精一杯の笑顔で、「きっと無事だよ。僕だって帰って来れたんだから」
心をきしませながら、そう言って励ます。
沙也はこくんとうなずいて笑った。
「ごめんね。帰ってきたばっかりなのに、暗い話になっちゃって。パイ、おいしい? コーヒー、おかわりする?」
「うん。とってもおいしいよ。コーヒーももらおうかな」
「良かった。そういえばね、大通りの雑貨屋さん、喫茶店になったんだよ。今度一緒に行ってみようよ」
コーヒーカップを持ってキッチンに向かいながら、沙也は絶え間なく話し続ける。
去年のクリスマスから今日まで、半年以上、僕は毎日沙也の同じ話を聞いている。
初めて聞いたかのように驚いて、感心して、笑って、そのたびに心の奥がみしりという。
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