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そうして年が明けて新緑の季節になっても、元の僕も、元の沙也も、取り戻せてはいなかった。
今日まで半年以上、同じ会話、同じ料理、そして同じ夜を過ごして、同じように絶望する。
外に連れ出したことも、睡眠薬で眠ってもらったこともあった。
しかし、彼女の理想の夜が過ごされない限り、時計は巻き戻ってしまうのだ。
本音を隠し続けるのはもう無理だった。
「啓ちゃんおかえり! 会いたかった!」
昨日もその前も、会ったじゃないか。
「怪我しなかった? どこも痛くない?」
怪我なんてもんじゃなかったよ。
「本当に? ひどい戦闘だったんでしょ?」
地獄だったよ。
「良かった! 怪我もしなかったし、人を殺さずに済んだんだね」
殺した。殺した殺した。
殺した。
佳奈が結婚したこと、子どもができたこと、喫茶店ができたこと。
もう、聞きたくない。
佳奈の夫は死んだし、喫茶店も三ヶ月で潰れた。
いつの間にか僕の心は限界になっていた。
そして今夜もまた、沙也の期待に応えてやることはできなかった。
「啓ちゃん、明日帰ってくるんだって。はやく会いたいな。明日からはずっと一緒だね。だって、戦争はもう終わったんだから」
沙也の伴侶はぬいぐるみに変わってしまった。
腕も足も取れず、心を病むこともない、頑丈なぬいぐるみ。
僕が戦争に行っている間、彼女を慰め続けたぬいぐるみ。
僕はそれを見て、ずっと迷っていた決断をした。
夜が明ける前、沙也の首に注射器を刺し、ナノマシンを注入した。
記憶を犠牲に精神を安定させる非合法のナノマシン。
これで目を覚ました沙也は僕のことも、ストロベリーパイのことも、ぬいぐるみのことも忘れているはずだ。
一切の世話を佳奈に任せて彼女の元から去り、二度と会わないこともできる。
しかし、それは僕の望みではなかった。
僕は、僕に依存しきった沙也が欲しいのだ。
僕以上に大事なものを持たない、僕に人生のすべてを期待した、僕がいなければ生きることできない生き物を見ているのは、ぞくぞくする。
今の沙也を消して、もう一度僕の思い通りの沙也につくり直すのだ。
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