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番外編 ロペスの苦悩①
ロペス・ビューアル子爵は頭を抱えていた。
妻の次に愛していて、目の中に入れても痛くないほど愛おしい娘のラズリスを、よりにもよって豪腕なミランジュ伯爵家に嫁がせることになろうとは···
娘が学園に通える年齢になったとき、家庭教師を就けて欲しい、お母様と奉仕活動や刺繍をやりたいと言われたときは、「そうか」と一言だけ返したが、心の中では飛び上がるほど歓喜していた。
ラズリスの可愛さをその辺の貴族の令息になど見せたくはなかった。
娘はとびきりの美人ではないが、儚げな微笑みは庇護欲を誘い、穏やかな性格に癒しを感じる。
自分が認める相手以外には嫁にはやらない。いや、息子に爵位を譲った後は、愛する妻と領地に連れて帰り、のんびり三人で暮らせばいい。
嫁ぎ先を探すつもりなど微塵もなかった。
ロペスはラズリスの前では平然としていたが、若い頃の最愛の妻を思わせる娘のこと溺愛していた。
家格が上で有力な取引先であるミランジュ伯爵に逆らうこともできず、娘への縁談の申し入れをされた時は目の前が真っ暗になった。
ミランジュ伯爵が子爵領の乳製品や畜産物をいち早く、高く評価してくれたお陰で、王都での評判が良くなり子爵領は活気づき、領民たちは潤沢な生活を送れている。
まさか成人したばかりの娘がバルト様の愛人の子どもを育てさせられるなど···
自分の考えが甘かったのか、いや断れなかった自分のせいだ。
ロペスは腸が煮え繰り帰る思いだった。
なんとしても離婚を切り出し、無理矢理に娘を連れて帰れるように、根回しを始めるつもりでいた。
何事にも真面目で熱心に取り組む娘は、愛人の子どもが可愛くて仕方がないようだ。
元々子ども好きで、孤児院の慰問を欠さないのは知っている。
生まれてきた子どもにはなんの罪もない。
日々悶々としていたが、初めて子どもを見たときに驚いた。
言葉や表現は難しいが、娘の纏う雰囲気が似ている子どもに感じるものがあった。
愛おしいと直感した。
まず、子どもを抱いている妻のミシェルを見たときに衝撃を感じた。
まるで過去に戻ったかのように、妻が娘を抱いているように見えた。
次に、ロペスが赤ん坊のローウェンを初めて腕の中に抱いた時に感じた、不思議な感覚を忘れることはなかった。
息子や娘を抱いた時に感じた時と同じ命の重みと責任を感じていた。
ミルクを飲んでご機嫌なローウェンは、甘い匂いがして心の底から癒された。
ロペスは娘を連れ戻す考えを手放した。
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