君だけが頼りなのだ

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「グッドヘン君、君はまだ独身であったな。婚約者もいないとか。グッドヘン家はうちの家格よりうんと上だが、もし妻を娶るとなったら、ガーウィン家の名を忘れないで欲しい。団員に対する理解はどの家よりあるつもりだ。だから、あの阿婆擦(あばず)れを、どうか見捨てないでくれ。君だけが頼りなのだ!」    自分の娘を阿婆擦れと呼ぶウィリアムは、リリアムから糞爺(クソジジイ)とよばれている。  グリアは二人を似た者同士だと思った。 「ガーウィン教官、実は私は少々身体的に問題がありまして、妻を娶れない体なのです。ですから、家督を姉に譲って、騎士として一生を捧げることにしております」  グリアは、面倒なことを避けるために、長年断り文句としている台詞をウィリアムに伝える。  嘘は言っていない。  人より長大な男性器を持ち、性欲も弱い方ではない。普通の令嬢がグリアの妻になれば、抱き潰して離縁されるか、疲労で早逝させてしまうだろう。 「なぁに、それでいっこうに構わない! 跡継ぎ云々の話ではないのだ、あ奴が、リリアムが、ひと所にいるというのなら、それだけでいい! 平和と戦争の話なのだ」  グリアは必死に訴えるウィリアムに答える言葉が見つからず、沈黙する。  実の娘の縁談に、先の見込みのない男を勧めるのもどうかと思ったし、猫の子を譲る時だってそんな言い方はしない。  グリアはほんの少しリリアムが気の毒に思えた。  ついでにリリアムとの結婚について考えてみる。グッドヘン家は荒れるだろうが、案外面白いことになるかもしれない。 「……」 (いや、そんなこともないか。グッドヘン家への嫌がらせのためにそこまでやってもな。それに、俺にだって選ぶ権利がある……)  グリアは無意識に頭を振る。   「すぐにとは言わない。ぜひ考えてみてくれたまえ。ああ見えて器用な娘だ。剣の腕前もなかなかだが、淑女としての仕上がりも完璧なのだ。社交界でへまをするようなことはない。少し頭がおかしいだけで、いや、少しシモが緩いというか、理性を持ち合わせていないというか……悪い奴ではないのだ。最悪なだけで……」  ウィリアムは、延々と娘を貶めながらも娘を妻にと薦めてくる。ウィリアムのリリアムに対する愛憎は複雑そうだ。  グリアが生返事を繰り返しているうちに、何度も娘を頼むと訴えながら、ウィリアムは去っていった。中枢の会議に参加するのだそうだ。 「癖の強い親子だな……」  グリアのつぶやきは、静かな部室にこだました。
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