モノがついておりませんけど……

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 隊長同士での押し付け合いの末、リリアムは通常の部隊とは違う部署に配置換えになった。  リリアムが新しく所属する技術振興部は「黒魔術隊」と陰で呼ばれている。魔術を使うわけではない、蔑称だ。  怪しげな薬を作ったり、見たことのない植物を繁茂させたり、魔物を切り刻んで実験していたり、見かけた場面を各々(おのおの)が自分の隊に持ち帰って、面白おかしく黒魔術隊の怪談として流行らせる。  首から木の生えた猿を見た、といった眉唾物の話もあるし、ギルドとの不明な繋がりを陰謀論として吹聴する者もいる。  平和なこの国の騎士団においては、黒魔術隊はちょっとした刺激なのだ。  逸話は多いが、技術振興部は立派に国に貢献している。  年若いグリア・グッドヘンが騎士団に必要だと国王に直訴して、離れに自費で部署を建てたのが始まりだ。  歴史の浅い部署だが、作ってみれば、グリアの始めたことは騎士団にとって確かに必要だった。それどころか、団を超えて国の技術開発にも貢献している。  例えば、格段に効く傷薬を開発したり、過敏な馬をリラックスさせる飼い葉の配合を見つけたのは技術振興部の功績だ。傷が早く治る縫い方を発表した部員や、ギルドと協力して安全性の高い自白剤を開発した部員もいる。  開発したものを必要とする機関に提供することで利益も得ているから、騎士団の資金源の一つにもなっている。  黒魔術隊の部室は騎士棟からは遠い。図書館などがある棟から切り離された、別建ての頑丈そうな建物と温室が技術振興部の部室だ。今のところ部室に常駐しているのは、部長のグリア・グッドヘンだけなのだが。  大股で通路を行く騎士の後についてリリアムは進む。  先を行くニコラ・モーウェルはリリアムを騎士に推薦した当の本人だ。  王子寮の責任者でもあり、警邏隊に自分の隊も持つ、多忙な男だ。  ただでさえ忙しいのに、リリアムが転属するたびに苦情が来たり、リリアムの父から謝罪されたりで、ニコラはちっとも心が休まらない。 「案外、辞めさせられないものですね」  リリアムの声は暗さがない。新たな刺激を楽しみにしているように聞こえる。 「女性騎士の需要はある。しかし、次に騒ぎを起こしたら誰とも接触できない一人だけの部署を作ることになるからな」
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