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グリアに頼むとだけ言って、慌ただしく出ていったニコラを見送り、リリアムは改めて新しい上司に自己紹介をする。
「リリアム・ガーウィンです。グリア・グッドヘン部長」
リリアムは女性にしては長身だ。鍛えられたしなやかな体に騎士服がよく映える。
編み上げた黒髪から数本だけ細い鎖のように三編みを垂らし、眉下で切り揃えられた前髪に乱れはない。赤く塗られた唇と自信に満ちた黒い目には迫力がある。
黙って立っていれば女帝のようだが、喋るので台無しだ。
「部長ではない。そういう肩書きは断った。ここでは誰がとりまとめるか決まっていない。皆、横並びで割り振られた仕事を各々が進める」
それだけ言って、グリアは大きな体を机の方に戻して、書き物の続きを始める。
グリアの体格に合わせて持ち込まれたのか、騎士棟の執務室では見かけない大きさの椅子に座っている。
短く刈り込まれた白っぽい銀の毛色は、体の大きさと相まって北に住む熊を連想させた。
グッドヘン家は王族に次ぐ名家だ。王家とは姻戚関係にある。
一方、リリアムは貴族の娘ではあるが、長く続く騎士の家系だ。身分が高かろうが低かろうが騎士は騎士、実力以外に従うことはないという脳筋な考えを持っている。故に、家格で畏まるような神経は持ち合わせていない。
「わかりました。先輩、よろしくお願いします!」
リリアムは、机に向かったままのグリアの横顔の霜のような眉が気に入って、抱きついて頬に親愛のキスを送る。
特に何か思うところはない。したいようにしただけだ。
日がな一日、室内で怪しげな薬を作っているグリアは、張りはあるが青白い皮膚をしていた。
紅が移るほどに頬に唇をつけられたというのに、グリアはペン先を止めることもなく完全無視を決め込んでいる。
「イイ……先輩、イイですね!」
リリアムは、技術振興部も楽しそうだなと、ほくそ笑んだ。
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