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「あ。タバコ。うちで吸ったことなかったよね」
「吸ってたこと忘れてたし。タバコもゲームもマンガもなくても美希ちゃんがいたから。すっごい楽しかった。ただいま!」
ようやく帰ってこられた喜びに輝いて美希に飛びつこうとした裕介だが、あヤバイ、と急ブレーキをかけた。頭を抱える。一番言いにくいのだが、
「言わなきゃいけないこと、もう一つあった。契約結婚解消したから、オレ元奥さんに違約金請求されてんだ」
「お帰り」
「美希ちゃん。聞いてた? 結構な額だから、払うのしばらくかかると思うんだけど」
「お帰り」
くり返して、美希から両腕を伸ばした。抱きしめて、会いたくてたまらなかった相手の感触と体温を確かめると、ただ胸が震える。
「ゴンちゃんがいない辛さに耐えるより、一緒に苦労する方がマシだよ。離れ離れで寂しがるより、二人で一緒にいようよ。そのうちケンカするかもしれないけど、おんなじ数、仲直りしよう」
ね?
「一緒にいれば。仲直りの後一緒に笑えるよ」
「うん」
裕介の腕が美希の背中に回り、もう片方の手のひらは髪を撫でる。重なり合った胸の想いが、温もりになって心地よく互いの全身を満たしていった。愛おしさが二人の顔に笑みを浮かべる。
「オレも、もうゴンベじゃないからちゃんと仕事探すし」
「ゴンちゃんは、やっぱりゴンちゃんだったんだね。権藤さんだもん」
「名前で呼んでくれないの?」
「裕介くん? 裕ちゃん?」
「美希ちゃんの好きな方でいい」
「じゃあ、ゴンちゃん」
「戻ってるし!」
「裕ちゃん」
玄関先の二人を、和室から聞き届けて男は立ち上がった。藤色の封筒は湯呑みの傍らに二つに裂かれている。窓を開けて風を呼ぶと、ふわりと吹かれ、座卓から浮き上がり、モンシロチョウに姿を変えた。ぱたぱたと羽をはためかせながらふわりふわりと宙を舞い、固く抱擁する二人の脇を抜け、春の青空へ。ぱたぱたふわり、次第に高く飛んでいった。
終
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