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自分でも、思うのだ。
――何やってんだろな、私。せっかく、休みなのに。久しぶりに晴れてコートもいらない、ぽかぽか陽気の昼下がりに。一人でぜいぜい息切らして、ばくばくの心臓抱えて、全部お前のせいだみたいに、睨んでる。
美希の視線の先には、ポストがあった。赤くて四角くて、投函用の口を備えて住宅街の街角に立っている。右手に握りしめた藤色の封筒は、普段、手紙を書く機会もなかなかないので、箪笥の引き出しをかき回して探し出した。手帳から引きちぎったメモ用紙が入っている。たった一行、ボールペンを走らせただけの。
しかし、美希はポストに視線を据えたまま、手にした封筒を投函しようとはしなかった。
次第に、家から全力疾走してきて乱れた呼吸も落ち着き、肩の上下も収まる。風にあおられて髪が視界を遮った。左手で耳にかけると、眉間にぎゅっと込められた力も徐々に抜けていく。
「何やってんだろな」
呟いて、深く長い溜息になった。目の前のポストは、変わらず赤い。
赤いに決まってるのに――。
『フツーに赤いそのポストが、ふと黒く見えたそのとき、願いを書いた手紙を投函すれば叶います』
黒いポストに願えば何でも叶えてくれるって。ネットで目にした根拠もない都市伝説なのに。バカみたい。
〝美希ちゃん、すぐ信じるから〟
ピカッと光る豆電球のように、パッと周囲を明るく照らす声音がよみがえる。幾通りもの身の上話を聞かされて、相槌をうちながらこちらが身を乗り出すと、決まって最後は深刻ぶった顔を急にほころばせて、冗談だよと笑い転げた。一緒にたくさん笑った。
「ゴンちゃん」
こみあげるものをこらえるのに懸命で、傍らに男性が立っているのに気が付かなかった。
「あの」
「あ、すみません」
黒い帽子に黒いズボン姿を、郵便物の回収に来た職員かと思い、美希はポストの前から身を引いた。シャツも靴も黒、頭から足の先まで真っ黒だ。制服変わったのかな、ちらりと考えながら向けた背中を呼び止められる。
「いいんですか、本当に」
「え」
振り返ると、男の指はいまだ美希の右手に握られた封筒を示していた。
「あなたから、彼の記憶を消したら。彼からもあなたが消えますよ」
驚きで目を見開いて、黒い男を見つめる。
――ゴンちゃんを、消して。
どうして、この人、私が書いた願いを知ってるの?
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