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聞き役に徹している男の眼差しが、悲しみを含んで陰っていた。男に話しながら、美希は自分が消えたことを知らされた瞬間を思い出し、にじんだ涙を指先で拭う。
「二人で暮らしてた間、給料日だけ、スーパーのメンチカツ、買って帰ってたんです。結構おいしくて、ゴンちゃんも、――もうゴンちゃんじゃないんだけど、ホントの名前も聞けなくて――。大好きだから。ゴンちゃんのために、いつも一つ多く、お皿にのっけて。そしたら」
〝美希ちゃんコレおいしいよ〟
はい、といつも笑顔とともに、メンチカツは美希の皿に引っ越してきた。
「だから結局、いつも半分こして」
おいしいメンチカツのおいしさが、より胸にしみわたった。
「夢みたいにおいしかったから。夢みたいに現れて、夢みたいに消えちゃったから。二人で暮らした日々は、夢だったんだなって。そう思って忘れようとしたのに、頭の中から消したいのに消せないの。おかしいでしょ? 夢なら、覚めたら、忘れてるのに。全然、忘れられない」
都市伝説でも何でもいいから、助けてほしくてポストに走った。
「隣に穴が開いたみたいなんです。半年間、ずっと、一緒に笑って、一緒にご飯作って、一緒に食べて、一緒に。隣に並んでたのに、いないの。私一人なの。もうどんなに好きでも戻れないの。だから消したい、なかったことにしたい、ゴンちゃんなんて、最初からいなかったって思いたい」
座卓の向こうではらはらと美希が泣き崩れる。男は憂いを濃くした瞳を伏せた。美希が握りしめていた藤色の封筒が、座卓の隅に置かれている。そっと拾いあげて見つめる。しわを伸ばし胸ポケットに収めようとして、手を止め、男は玄関の方角に視線を移した。
ピンポン。
不意に鳴ったチャイムの音に、美希も顔を上げた。自分で出るしかないので、ティッシュで顔を拭い、なんとか足に力を入れて立ち上がる。
「ただいま」
こちらが開ける前に開かれた引き戸にも驚いたが、豆電球みたいにピカリと辺りを照らす笑顔にはもっと驚かされた。
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