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貴族学園のカフェテリアには色とりどりのケーキをテーブルに並べ、香り高い紅茶を楽しむ高位貴族家のご令嬢達が座っている。
そこにツカツカと靴音をさせながらやってきたのは、腕にたわわな2つの丸みをまるで押し付ける様にした色っぽい女子生徒をぶら下げた高位貴族家の御子息が1人と、その取り巻き達の集団である。
「ステファニー・モーガンッ! お前とは婚約破棄だッ! お前はここにいるステラ男爵令嬢を俺が気に入ったからと言って様々な嫌がらせをしたらしいなッ! そんな心根の腐った女など我が侯爵家には相応しくないよって、今日から他人だッ!」
名前を呼ばれたご令嬢がリスの頬袋の様にケーキを口内に入れたまま、叫び声を上げた男子生徒を見上げて、キョトンとした表情をした後で眉を顰めた。
「ステファニー? 誰?」
「お前だッ! ステファニーッ!」
「お前?」
彼女は誰かを探すように周りの友人を見回した。
「どちら様?」
「お前の婚約者だろうッ?」
「? ええ、ジュフリ―様は私の婚約者ですねえ一応ですけど。で? ステファニーとは? 何方様?」
「お前だろうがッ!」
怒鳴るジェフリーに向かって小首を可愛らしくかしげるご令嬢。
「誰かとお間違いでは?」
「だからお前は俺の婚約者だろう」
「ええ、一応そうです」
「そうだろう。で、ステファニーッ!」
「ですから、『ステファニー』とは? どちら様?」
「お前だろうがッ! ステファニー!」
「ワタクシ、『ステファニー』様では御座いませんけど?」
ぽややん、と言った表情の美少女はニッコリ笑うと
「ジェフリー様? ひょっとしてどなたかとお間違えでは? ステファニー様、ああ、そうですわDクラスにいた子爵家のご令嬢がその様なお名前だったような」
――おいおい、婚約者の名前知らねえのかよ?
「「「「「「「「・・・」」」」」」」」
周りにいる取り巻きたち全員が一歩下がったような気がするのは気のせいだろうか。
その中の1人が青い顔をしてカフェテリアからフラフラと出て行く。
――多分ステファニー嬢の婚約者だ。
それには気付かず、ジェフリーは咳払いを1つすると
「いや、間違っただけだスージー」
「スージー様? どなたですの?」
「「「「「「・・・」」」」」」
この瞬間取り巻きが1人又減った気がする。
「あれ、スージーじゃなかったっけ」
「スージー様はCクラスの男爵家のご令嬢ですわね」
カフェテリアから慌ててCクラスに向かい走っていく取り巻き君。
――スージー嬢の婚約者だろう。
「いや、間違っただけだステーシー」
「あら、ステーシー様はBクラスの伯爵家のご令嬢ですわね」
取り巻きが又1人減った。
ポロポロと涙を流しながらカフェテリアからBクラスに向かい足取り重く去っていく。
――多分・・・もういいって?
「ステーシーじゃなければ一体誰なんだよッ!?」
「嫌ですわ、貴方様の婚約者でしてよ? お忘れですの? 仮ですけど」
「仮?!」
「貴方様のお父様が我が父侯爵に土下座して失敗した投資の借金を肩代わりして欲しいとお願いして来て、貴方様を借金の担保にするって言われて、そんなの置いとかれても困るから取り敢えず『仮婚約者』にしとくから連れて帰ってくれって言われたの忘れたんですか? あの時お父上と一緒にいましたよねえ?」
「え・・・?」
「正式な婚約じゃなくて、ただの口約束ですから、正しくは仮婚約者ですわね」
「え?」
「10年間、仮とはいえ一応は婚約者という体でしたので、私の名前くらいはご存知だと思っていましたけど・・・ああ、ステファンご苦労さま。早かったのね」
モーガン嬢の直ぐ後ろにやって来たのは、彼女と似たような銀髪に紫の瞳をした見目麗しい若い男で、黒い執事服に身を包んでいる。
彼はそっと彼女に封書を渡す。
それに優雅な動きで目を通すと、
「あら、もうお1人いらっしゃったのね? スザンヌ様は確かBクラスの・・・」
最後に1人だけ残っていた取り巻きが脱兎の如くカフェテリアから去っていく・・・
取り巻きは全滅した――
ステファンと呼ばれた男が、モーガン侯爵令嬢に何かを耳打ちすると
「あと、ステラ様でっしたっけ? 卒業後は大商家の嫡男様との婚姻が控えているそうですけど、よろしいのですか? ご実家から寮に連絡が入ってるみたいですけど」
ナイスバディの一部であるお胸がジェフリーの腕から離れて行く。
「実家から・・・!?」
「ええ、寮母さんが迎えに来てるらしいですわよ?」
ムンクの叫びみたいなゼスチャーをしてカフェテリアから走って出ていくステラ嬢――驚きすぎて叫び声すら出なかったらしい。
そして、誰もいなくなった。
残されたのは
ジェフリー本人。
眼の前のケーキを囲むご令嬢達。
自分の仮婚約者とその執事。
遠巻きに見物しているギャラリーの皆様である。
「で? ジェフリー様」
ニッコリ笑うモーガン侯爵令嬢。
顔色を悪くしたジェフリーが、引き攣り笑いで婚約者の顔を見る。
「良かったですわ、仮婚約者として存在し続ける貴方様が本当に私、邪魔で邪魔で。長い間担保代わりなんかいらないからって、侯爵に訴え続けてたのに押し付けられてましたから実に迷惑でしたの。婚約破棄ちゃんとお受けしますからね♡ あ、仮ですから、書類なんかもないですし、手続きもありませんので。もう2度と顔を見せないようにして頂くだけで結構ですわ」
思い切りいい笑顔で彼女はそう言った。
×××
「見事に『S』から始まるご令嬢ばかりで笑ったわ~」
「なんであんなに『S』から始まるご令嬢ばっかりだったんだろう?」
「そりゃあ『ステファン』に拘ってたんでしょうよ。一緒に部屋にいたから。昔は貴方は女の子に見えたから、婚約者は貴方だと思い込んだんじゃないの?」
「いや、確かにステファンとステファニーなら似てるけど・・・いくらなんでも」
そう、シェルビー・モーガン侯爵令嬢は活発過ぎてドレスを泥だらけにするので、よく男の子の貴族服で過ごしていたのである。
しかも貴族のご令嬢のくせにバリバリ日焼けをしていらっしゃった――因みに昔の面影は現在は全く残っていない。
5歳年上のステファンは、一人娘のシェルビーの入婿の予定で預かっていた遠縁の伯爵家の次男でその頃既に侯爵家に住んでいて当主の仕事の見習いをしていた。
そこに借金の肩にと次男のジェフリーを押し付けて来たのが彼の父侯爵だ。
昔の学友のよしみで借金は一括で肩代わりをしてやったが、事業提携はせずに自力で返済して貰う事にしたモーガン侯爵。
所がなかなか全額返済に至らず、今だにジェフリーは宙ぶらりんのままの仮婚約者という立場だったのだ――それこそ入り婿を狙っていたのかもしれないが。
モーガン家の婿になるのだと勝手に父親に教えられて育ったジェフリーはモーガン家のツケ払いで近寄ってくる貴族女性達と好き放題散財していたのである。
「自業自得よね自分の使ったモノを働いて返すだけだから温情じゃない? お父様も甘いわね」
現在は使い込んだ散財分の返済の為にモーガン家の商社で見習い社員研修中のジェフリー。
卒業と同時に平民となり、行く宛もないのでモーガン侯爵に引き取られ――何しろ彼は未だに借金の担保である――独身寮に放り込まれ叩き上げの先輩達に揉まれながら働き、給料天引きでせっせと借金返済中である。
でも専属の執事の体で常にシェルビーの側にいたステファンは知っている。
ジェフリーは『シェルビー』を『ステファニー』と間違って覚えていたとしても学園在学中は彼女を常に目で追っていたのだと――妬いて欲しかったんだろうなあ・・・
同情はしないし、教えてあげるつもりは更々無いが。
「君はとても綺麗だからね」
「何言ってるの?」
ステファンはやっと妻になったシェルビーの額にキスを落とし、妻は嬉しそうに笑った。
--------------了
気持ちは真摯に伝えましょう(~ ̄³ ̄)~
玉砕覚悟で・・・??
hazuki.mikado.2024.3.16.sat
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